スターバックス コーヒー ジャパンが創業以来初となるシステムの全面刷新に取り組んでいる。ネットワークの更改では,作業の大部分をアウトソース。1人の本社スタッフで530店舗をフレッツ系サービスに切り換え,大幅なコスト削減に成功した。

 スターバックス コーヒー ジャパン(スターバックス)は,1995年の創業以来初となるシステムの全面刷新に取り組んでいる真っ最中だ。その第1フェーズが,全国500超の店舗と本社機能を結ぶ社内ネットワークの再構築である。

 2004年6月に,IP-VPNと専用線を組み合わせた旧ネットワークから,NTT東西地域会社の「フレッツ・グループアクセス」を使う新ネットワークへの切り換えを完了。業務をアウトソースすることで,実際の作業はわずか1人のスタッフで乗り切った。

店舗の急増にシステムが追いつかない

 スターバックスは96年8月に東京・銀座に1号店を開店して以来,今までのコーヒー・ショップにはなかった新しいスタイルで一大ブームを巻き起こした。店舗数は8年半で550店にまで増加。現在は新規出店を年間50店舗程度に抑えているものの,ピーク時には119店舗にも上った。

スターバックス コーヒー ジャパン
情報システム本部
ビジネスシステム部長
照井 則男

 トランザクションも,システム構築時の想定を超えて急増した。スターバックス コーヒー ジャパン情報システム本部ビジネスシステム部の照井則男部長(写真)は,「サーバーなどのハードウエアがスペック不足に陥り,レスポンス低下,夜間バッチ処理時間の長時間化といった状況に追い込まれた」と苦笑いする。「現状のままではサービス低下などのリスクを伴うと判断した」(照井部長)。そこで,ネットワーク,ハードウエア/ソフトウエアのすべてを含むシステムの全面刷新に着手した。

 スターバックスでは2003年4月から,以後3年間のシステム投資やタスクなどを定めたIT計画を策定している。ネットワークと既存の業務系システムの刷新を決めたのも2003年4月だ。このIT計画は適宜見直しており,「2007年3月には将来を見据えたIT基盤を整える」ことを目標にしている。見直す既存システムは,会計,人事,販売管理,SCM,POSなどの店舗支援システムなど多岐にわたる。

 2003年の計画策定時,真っ先に目を付けたのが,通信コストとデータ・センター費用。「検討を開始した2002年ごろはちょうど通信サービスが大きく動いていた時期。フレッツ系の安価なサービスが企業でも使えるのが分かってきた。ネットワークを切り換えれば,てっとり早くコスト削減効果を出せると考えた」(照井部長)。そこでシステムの刷新の第一弾として,ネットワークを全面更改することにした。

RFPを簡略化して提案力をチェック

 2003年7月には,ネットワーク更改についてのRFP(要求仕様書)を作成した。

 同社のRFPの出し方は興味深い。通信事業者とシステム・インテグレータを2社ずつピックアップし,計4社に提案を求めた。これは「通信事業者とシステム・インテグレータでは強みが違うから」(照井部長)。RFPの記述はベンダーの営業店舗への配慮や信頼性についての考え方を見るために,出来る限り簡略化した。「初めから各社の提案内容に大きな差はないと予想していた。事実ネットワーク構成は各社とも同じようなものだった。一方で,構築手法や運用保守,信頼性を確保する手法や品質保証などに各社の特色が現れていた」(照井部長)。簡略化したRFPは,狙い通り効果を出したと言うわけだ。

 各社の提案を検討した結果,NTTデータにネットワークの構築から運用保守までを一括して任せることにした。東西NTTのフレッツ・シリーズなどの開通に伴う作業などもまとめて,NTTデータが請け負う。NTTデータビジネス開発事業本部マルチキャリアサービスビジネスユニットの小島芳雄営業部長は,「数百店舗の回線を数カ月でフレッツに切り換えるには,数人の担当者をその作業に専任させることが必要」と説明する。実際スターバックスには,「数百もの既存店舗にメスを入れるのは大仕事。ネットワーク更改に携われる担当者は一人しかいないため,アウトソーシングが不可欠だった」(照井部長)事情があった。

移行コストは1年で回収

 RFPでスターバックスが重視したポイントは,(1)コスト削減,(2)ネットワークの信頼性維持,(3)小売業への理解,(4)店舗が入居するビルのオーナーなどとの交渉力――の4点である。

 第1のポイントであるコストを絞り込むために,店舗は東西NTTのフレッツ・グループアクセスに収容した。店舗のアクセス回線には東西NTTのFTTHサービス「Bフレッツ」を採用。Bフレッツが利用できない店舗は「フレッツ・ADSL」,それも不可能なら「フレッツ・ISDN」と,フレッツ・シリーズでそろえた。「店舗数が多い分,1店舗当たりのコストを少しでも削れれば,全体では大きなコスト削減になる」(照井部長)からだ。

 フレッツ・グループアクセスを束ねるNTT東西のセンターや本社ビル,サーバー類をアウトソーシングしている富士通のデータ・センターやクレジット決済用の回線などは,日本テレコムの広域イーサネット・サービス「Wide-Ether」で結んだ。

 従来のネットワークでは,IP-VPNに本社やデータ・センターなどを収容し,各店舗のアクセス回線には東西NTTの専用線「ディジタルアクセス」を使っていた。回線速度は64kもしくは128kビット/秒と低速。専用線をブロードバンド回線に切り換え,高速化とコスト削減を両立させた。

 コストは旧ネットワークに比べて,年間で約4割削減した。「設計工事費などの初期費用が発生する初年度はマイナスになるが,2年目以降すぐに回収できる計算だ」(照井部長)。

 通信コストの削減は,ネットワークだけではない。複数店舗の統括マネージャや店舗開発の担当者の計150人が,ノート・パソコンで利用していたPHSカードにも手を付けた。全店舗に無線LANのアクセス・ポイントを配備。店舗を訪れた統括マネージャは無線LAN経由でアクセスすることで,モバイルの通信費をゼロにした。ただし,新規店舗の開発担当者は店舗ではない場所を訪問するため,従来通りPHSカードを配布している。

全店舗にISDNバックアップ

 第2のポイントはネットワークの信頼性確保。コスト削減のために,アクセス回線にはフレッツの消費者向けサービスを採用したが,「障害で店舗に影響が出るのでは意味がない」(照井部長)。障害が発生すると,オフラインでも使えるPOSを除いて,発注や勤怠管理,プリペイドカードの「スターバックスカード」による決済などが止まってしまう。そこで,全店舗にブロードバンド回線とISDN回線の両方を収容できるヤマハのルーター「RT57i」を設置。バックアップ回線として「INSネット64」を契約した。

 ヤマハのルーターは,主回線のブロードバンド回線の障害時に自動でISDNに切り換える機能を持っている。だが,「INSネット64の通信料は従量課金。自動で切り換わるとコストの発生に気付かない」(照井部長)。このためバックアップへの切り換えは,ネットワーク監視をしているNTTデータのセンターから手動で行うことにした。「ISDNバックアップを用意することで,ネットワークの稼働率は99.99%に高められる。これは専用線と同レベルだ」(NTTデータの小島営業部長)。

 さらにNTTデータとSLAも結んだ。内容は,(1)障害発生時のバックアップ切り換えを20分以内に実施すること,(2)機械故障時の駆け付け時間の設定――の二つである。

 バックアップの考え方には,スターバックスがRFPで重視した「小売業への理解」が反映されている。「店舗の従業員はお客様に最良のサービスを提供することに徹する。ネットワークなどの作業に時間を使うべきではない」(照井部長)からだ。「ルーターのスイッチをON/OFFするといった簡単な作業でも,店舗ではやらせない」(照井部長)のが“スターバックス流”だ。

(山根 小雪)
図 スターバックス コーヒー ジャパンのネットワーク構成 本社やデータ・センターは日本テレコムの広域イーサネット・サービス「Wide-Ether」に収容。店舗は東西NTTの「フレッツ・グループアクセス」(西日本は「フレッツ・グループ」)で接続した。


※本記事は日経コミュニケーション2005年5月15日号からの抜粋です。そのため本文は冒頭の部分のみ,図や表は一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。