日産自動車系の販売会社である日産カレスト座間が,無線LANと無線ICタグを利用した顧客支援システムを導入した。中古車コーナーにおける顧客の利便性向上が狙い。だがその根底には,日産自動車全体のマーケティング戦略がある。

 日本最大級の自動車販売店が,神奈川県座間市の日産自動車の工場跡地にある。日産自動車の100%子会社である日産カレスト座間が運営する「カレスト座間」だ。東京ドーム九つ分の敷地面積があり,まるでテーマ・パークのようである。ここの中古車コーナーで2004年12月,無線LANと無線IC(RFID:radio frequency identification)タグ,PDA(携帯情報端末)を駆使した最新の顧客支援システムが稼働。従来の販売手法を一新させる取り組みが始まった()。

 新システムでは,顧客に無線ICタグのリーダーと無線LAN機能を搭載したPDAを貸与する。PDAからは(1)車両の展示位置の検索,(2)車種や年式,修復歴など詳細情報の閲覧,(3)試乗の申し込み,(4)概算見積もり――が可能だ。販売スタッフにPDAを持たせ,業務支援に使うこともある。

大型無線ICタグを全車両に張り付け

 PDAは,日本ヒューレット・パッカードのIEEE 802.11b無線LAN機能を内蔵した「HP iPAQ Pocket PC h5550」を全部で13台採用した。加シスキャンのコンパクト・フラッシュ(CF)型無線ICリーダー「RFID CF-Reader SYSCAN」を,PDAのCFスロットに挿入して顧客に渡す。PDAには顧客支援システム用にカスタマイズしたブラウザをインストール済み。全画面で表示し,特別な操作をしない限り終了できないようになっている。顧客支援システム以外の用途には使えないようにするためだ。

 無線LANのアクセス・ポイント(AP)は,屋外用の機器をカレスト座間敷地内にある事務所と休憩所の2カ所に設置。米シスコシステムズの製品を採用した。

 無線ICタグは縦14cm,横17.4cmの大型サイズを利用する。フロントガラスの内側に張るため,遠くまで電波が届く必要があるからだ。バーコードを使うという案もあったが,ガラス越しでは読み取りにくいことから採用を見送った。

 システムの構築は日本ヒューレット・パッカードが担当した。

車の詳細情報をどこでも閲覧可能

 顧客がカレスト座間を訪れた際,まずは目当ての車両がどこにあるのかを検索することになる。敷地が広大なため,目的の車を見つけにくいからだ。新システムでは,顧客は受付で運転免許証を提示してPDAを借りる。

 PDA上で車名や車体の色,予算などを入力して検索ボタンを押すと,中古車コーナーの事務所にある車両情報サーバーにアクセス。条件に適した車両と展示車両の位置を検索できる。サーバーにアクセスする際,PDAは無線LAN機能により通信するので,APの電波が届くカレスト座間の敷地内ならどこからでも検索可能。検索結果の画面から,車種や年式,車検の期限,修復歴,整備状況,装備といった車両の詳細情報も閲覧できる。

 展示車両を見て歩いているときに興味を持った車があれば,PDAに付加した無線ICタグのリーダーを無線ICタグにかざすと車両の詳細情報を見られる。無線ICタグには一つひとつに異なるID番号が割り振られており,PDAのリーダーでそのID番号を読み込んで事務所の車両情報サーバーに問い合わせる。車両情報サーバーは展示車両とID番号を対応付けて管理しているので,問い合わせを受けたID番号に応じた車両の情報をPDAに返信する。

見積もり概算もボタン一発

 車両情報の画面から,概算見積もりの閲覧や試乗の申し込みも可能だ。概算見積もりは「見積概算」ボタンを押すだけ。試乗申し込みは,「試乗申込」ボタンを押して,販売スタッフに見せれば済む。

 車両情報サーバーのデータベースには,日産自動車がインターネット上で公開している既存の中古車検索システム「Get-U」のデータベースを流用。カレスト座間の分を,事務所内に設置したサーバーに夜間のバッチ処理でコピーする。車両情報サーバーへの無線ICタグのID番号は,販売スタッフがPDAの専用メニューから登録する。

 新システムの導入前は,顧客は事務所にあるパソコンで車を検索するしかなかった。しかしこれでは,途中で別の車を見たくなった場合,いったん事務所に戻るか敷地内を適当に歩いて探すしかない。概算見積もりは販売スタッフに依頼する必要があったし,試乗申し込みは事務所まで戻らなければできなかった。

 カレスト座間の敷地は広大。事務所に戻ったり販売スタッフを呼ぶことを面倒と感じる顧客も少なくなかった。新システムはこの面倒を解消する。日産カレスト座間で販売スタッフを統括する藤井雅太・業務マネージャーは「顧客からはおおむね好評に受け入れられている」と顔をほころばせる。

成約までの時間を3割短縮

日産自動車
グローバル情報
システム本部
アシスタントマネージャー
久田 哲郎

 新システム導入の狙いは,顧客に短時間でより多くの車両を見てもらうこと。「中古車を買いに来る顧客は,良い車両があればすぐに買う傾向がある。このため,顧客が欲しいと思う車をいかに迅速に提案できるかがポイントになる」(日産自動車の久田哲郎グローバル情報システム本部システム企画部アシスタントマネージャー,写真)。多種多様な中古車を一堂に集めたカレスト座間のような販売店を作ったのも,そうした意図があった。

 しかし逆に車両台数が増えたため,目的の車を探したり試乗などの事務手続きに時間がかかるようになってしまった。そこで日産自動車グローバル情報システム本部は,そうした時間を短くする新システムの構築を2003年夏から検討開始。同年11月に導入を決めた。

 顧客の事務手続き負担を軽減する効果は,2004年5月30日と6月2日に仮導入したシステムですぐに実証された。顧客の来店から成約までの時間は30%以上も短縮できたのだ。

 時間短縮を実現するため,顧客支援システムにもできるだけ高速に動作する仕組みを取り入れている。例えば車両情報の表示では,リーダーを無線ICタグにかざせば一瞬で画像を含む車両情報が表示される。枠やボタンなどパーツとなる画像をあらかじめPDA内に保存し,車両情報のテキストと車両画像のみをサーバーから取得する仕組みにしたためだ。「伝送速度が100kビット/秒以下でも大丈夫なように転送データ量を抑えた」(構築を担当した日本ヒューレット・パッカードの吉田元哉ITコンサルティング本部.NETソリューション部コンサルタント)。

 カレスト座間の事務所内にサーバーを設置するのも高速化が狙い。日産自動車のデータ・センターにあるGet-Uサーバーに直接アクセスする方法もあったが,インターネット上で遅延が起こる危険性を嫌った。

(白井 良)
図 日産自動車は販売店「カレスト座間」に車両を探したり試乗予約を簡単するための顧客支援システムを導入 無線LAN機能搭載のPDA(携帯情報端末)に無線ICタグのリーダーを追加。顧客にPDAを貸与することで,中古車コーナーのどこにいてもシステムを利用できるようにした。


※本記事は日経コミュニケーション2005年2月15日号からの抜粋です。そのため本文は冒頭の部分のみ,図や表は一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。