JALとJASが統合して誕生した新生JALのネットワークがほぼ完成した。主役となったのはJALが統合前から使ってきた広域イーサネット。途中で計画を変更して新規導入したインターネットVPNも,経営統合によるコスト削減効果に貢献した。

 JAL(日本航空)とJAS(日本エアシステム)の経営統合により2004年4月に誕生した新生JAL。その誕生は日本の航空業界の大きな転換点となった。経営統合に伴うネットワーク統合も,両社にとって一大プロジェクトだった。

 新ネットワークは,大規模拠点は耐障害性を高めるために通信事業者2社の広域イーサネットをそれぞれ冗長構成で使用。統廃合が完了した支店では,コスト削減と広帯域化を狙いインターネットVPN(仮想閉域網)を導入した()。

 統合前のJALは広域イーサネットとIP-VPNを利用。一方のJASが使っていたのはフレーム・リレーとセル・リレー,IP-VPNである。これらふたつのネットワークを,実質1年半でひとつにまとめ上げた。

 JALのネットワークには,フライトの正常な運行を支えるという重要な使命が課せられている。JAS側のネットワーク担当者として統合にかかわってきた日本航空ジャパンの相川淳ITセンターマネジャーは,「統合後はますます信頼性の要求水準が上がっているため,気が抜けない」と明かす。というのも,「例えば熊本空港は統合前のJALだけなら1日3便だったが,今は1日8便。別会社の時代は問題にならなかった短時間の障害でも,現場に影響が出る恐れがある」(同)からだ。

 JALの新ネットワークには,こうしたより高い信頼性と経営統合によるコスト削減効果の両方が求められた。今回の統合作業では,作業の開始後にIP-VPNを広域イーサネットとインターネットVPNに振り替える大掛かりな予定変更を経験し,担当者は数々の苦労を経験した。だがこの回り道こそが,計画段階を大幅に上回るコスト削減を実現し,“経営統合効果”に貢献する推進力となった。

 経営統合が発表された2001年11月当時,両社はともに新しいネットワークの展開中だった。ネットワーク統合にJAL側の担当者として携わった日本航空インターナショナルの中条義隆ITセンターアシスタントマネジャーは「お互いネットワークは新品じゃないかと正直悩んだ」と打ち明ける。

広域イーサに将来を託す

 そこで両社はまず,2002年2月から3月にかけて「集中検討会」を開催した。この場では,ネットワークの構築・運用をアウトソーシングしているNEC(JAL側)とNECシステム建設(JAS側)も交えて,“既存のどのネットワークを使うか,あるいは新しくするか”,“どのようなステップで統合していくか”といった基本方針が話し合われた。

 集中検討会で出た結論は,「JALが使っていた広域イーサネットとIP-VPNの方が,JASのセル・リレーやフレーム・リレーより将来性がある」(中条アシスタントマネジャー)というもの。これでJAL側をベースにして統合することが決まった。だがIP-VPNは作業開始後に,計画変更により一部を除き使わないこととなる。結果的にJALの旧ネットワークから引き続き主役として活躍しているのは,広域イーサネットだけとなった。

 統合作業は4ステップに分けて実施した。(1)両社のデータ・センター相互接続と重複するIPアドレスの変更,(2)空港のJAL/JAS拠点を構内接続してJASのアクセス回線を廃止,(3)統廃合が完了したJAL支店をインターネットVPNに移行,(4)データ・センターの統合――である。

さらなるコスト削減の指令で再検討

 集中検討会で挙げられたネットワーク統合の課題と,それを解消するための作業計画は数多い。まずステップ1では,「羽田空港のJAS端末と,JALのデータ・センターにあるサーバーのIPアドレスが重なっていた」(相川マネジャー)課題を解消。関連する端末の設定変更に影響しないJAS端末のアドレスを変更した。

 次に両社が目指したのは,「できるところからネットワークの統合に着手して早期にコスト削減をねらうこと」(中条アシスタントマネジャー)。そこで着目したのは移転がない空港だ。同一空港の両社拠点を構内接続すれば,JAS拠点のアクセス回線を廃止できる。JAS拠点からJASのデータ・センターには,JALの拠点,JALのデータ・センターを経てアクセスする。この作業は,2002年10月から2003年3月にかけて実施した。

 アクセス回線を一本化したところで,「どういうアプリケーションがどの程度帯域を使うかが見えてきた」(相川マネジャー)。例えば中小空港は,従来は128kビット/秒の回線でIP-VPNに接続していたが,それでは帯域不足であることが判明。「アクセス回線の増強はやむなし」という結論に達した。

 ところがこの結論は,上層部の指令により覆される。これでは統合によるコスト削減効果が低すぎるというのだ。

 そこで担当者が新たに導き出した結論は,「中小空港はIP-VPNではなく広域イーサネットを使う」というもの。高速なアクセス回線を利用する場合は,広域イーサネットの方が割安になると判明した。この予定変更を受けて,2003年4月から9月の間に切り替え作業を実施している。

インターネットVPNという「挑戦」

 だが通信コストを切り詰めるためには,もうひとつのハードルがあった。統廃合が完了したあとのJAL支店である。「再計算したところやはりIP-VPNではコスト的に辛かった。だが広域イーサネットにすると高くなる」(中条アシスタントマネジャー)。

 ここでJALは思い切った策を講じることにした。JALにとっては未知のものだったインターネットVPNの採用である。アクセス回線には東西NTTのフレッツ・ADSLを使う。

 しかしNECに調べてもらったところ,フレッツ・ADSLは昼間でも回線工事などで通信できない時間が生じることが分かった。こうした事態を回避するため,バックアップ回線としてISDNを導入した。

 フレッツ・ADSLは8Mビット/秒のメニューを使ったが「最低でも700kビット/秒程度出ており満足していた」(相川マネジャー)。ところが支店へ展開しはじめた後に,しばしば切断したり十分な通信速度を確保できないケースが見つかった。こうした支店では,Bフレッツを採用するよう計画を変更している。

 インターネットVPNの利用開始後には,大きなトラブルも起こった。インターネット上で輻そうが発生し,支店からデータ・センターにアクセスできなくなったのだ。バックアップの受け口となるデータ・センターのISDNポート数が少なかったため,「ほぼ全滅となり大騒ぎになった」(日本航空インターナショナルの斎藤嘉彦ITセンターマネジャー)。

 この経験を踏まえ,インターネットからデータ・センターへの回線を別プロバイダで冗長化。さらにデータ・センターのISDNポートも大幅に増強した。「地域IP網がダウンする事態も想定し,都道府県単位で見て最も支店数が多い東京都の支店数分を確保している」(相川マネジャー)。

年3億円の通信コスト減を達成

 こうした苦労を重ねながら,担当者はIP-VPNを広域イーサネットとインターネットVPNに振り替え,新生JALのネットワークを構築していった。2004年12月時点では最後のステップであるJAL/JASのデータ・センター統合の作業中だが,ネットワーク統合自体は2003年秋でほぼ完了している。

 「作業は1年半でほぼ終わった。比較的短期間だったと思う」(斎藤マネジャー)。上層部からの要請で生じた計画変更で数々の苦労を経験したが,「計画を大幅に上回る年間3億円もの通信コスト削減に成功した。途中でIP-VPNをインターネットVPNに置き換える方向転換をしたことは間違っていなかった」(中条アシスタントマネジャー)と振り返る。

図 JAL/JAS統合後の社内ネットワーク 大きくはインターネットVPNを使う支店,広域イーサネットを使う空港や本社などに分かれる。


※本記事は日経コミュニケーション2005年1月1日号からの抜粋です。 そのため本文は冒頭の部分のみ,図や表は一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。