インターネット接続サービスの事業者の間で,Peer to Peer(P2P)のアプリケーションによるネットワーク帯域の大量消費が問題となっている。P2Pを多用するユーザーとその他のユーザーとの間の公平間を保つため,P2Pアプリケーションの利用を制限する動きがある。これらの動きに,BBテクノロジー(現ソフトバンクBB)でYahoo! BBのネットワークを設計した責任者,平宮康広氏が異議を唱えた。同氏は現在,長野県協同電算(JANIS)の技術顧問を務めている。JANISは長野県の農業協同組合系列のインターネット接続事業者(ISP)である。

(聞き手は市嶋 洋平=日経コミュニケーション

‐‐P2Pアプリケーションの利用を制限するか否かといった議論をどう見ているか。
 今,ISPやバックボーンの回線事業者など通信業界の関係者が,インターネットのバックボーンの帯域が不足していると言い始めている。その最大の原因がP2Pアプリケーションということになっている。そして,このままいけば,P2Pのアプリケーションの利用を禁止するなどの制限がかかったり,インターネットの接続料金を従量課金のモデルに戻したりといったことが現実になりかねない。旧来のダイヤルアップに逆戻りだ。
 こういった風潮に少し立ち止まって考えてほしいと思っている。本質の議論が忘れ去れているのではないか。

‐‐本質の議論とは?
 P2Pのアプリケーションは画像や映像/音楽データなどをやり取りすることが多く,ファイルのアップロード/ダウンロードの容量は確かに大きい。しかし,ユーザーのトラフィック以上に大きいものがある。ルーター間でのルート情報のやり取りである。パケットのあて先を管理する経路表,つまりルーティング・テーブルに書き込まれたルート情報の更新である。
 実はインターネット上のトラフィックの半分以上,大部分がルーティング情報の検索などのやり取りだ。ユーザーのレベルではなく,ルーター同士で経路情報をやり取りするOSPF(open shortest path first)やRIP(routing information protocol),ドメイン名からIPアドレスを解決するDNS(domain name system)といったプロトコルのトラフィックである。
 つまりユーザーの利用する帯域を制御しても意味がないのではないか。

‐‐では,通信事業者はトラフィック増にどう対処すべきなのか。
 まずは,ルーターを見直す必要があるのではないか。
 私がYahoo! BBのネットワークを設計したときには,「Winny」や「WinMX」といったP2Pアプリケーションが流行る前で,存在は大きいものではなかった。しかし,P2Pアプリケーションへの対応を十分に打った。というのも,Yahoo! BBのIP電話サービスであるBBフォンは,最終的にはCATVなどでよく使われているMGCP(media gateway control protocol)を使ったが,当初はP2Pのプロトコルを使ったアプリケーションとして構築しようと考えていたからだ。
 そこで,ルーターに搭載するメモリー容量を大きく取った。P2Pのアプリケーションはユーザーごとに違うあて先を要求してくる。そのためルーターが持つ経路情報が膨らむ。10万ルートあれば,100Mバイト程度の容量が必要だ。メモリー容量が不足すると,古い経路情報が削除され新しいルート情報を格納する。新しいルート情報を格納すると,ルーター間でルート情報のやり取りが発生する。Yahoo! BBでは当初,メインの経路においたルーターの記憶容量を512Mバイトにした。当時はメモリーが高価だったが,結果としてはP2Pアプリケーションに強いバックボーン・ネットワークとなったと思う。
 個人的には,ATM(非同期転送モード)の回線の要因もあるのではと思う。ATM交換機は,OSPFであってもRIPであっても経路を検索するプロトコルのパケットを送受信するたびに,コネクションを張り直す。例えば,10万ルートを探せば,コネクションを10万回張り直す。これがオーバーヘッドになっているのではないか。これはイーサネット機器でネットワークを構築することで緩和できると考える。実際にYahoo! BBではイーサネットを全面的に採用した。

‐‐とはいうものの,P2Pアプリケーションに対する懸念は根強い。
 P2Pアプリケーションはすべて,WinMXやWinnyといったファイル交換ソフトというわけではない。今後は,IP電話のサービスにもP2Pの技術が応用されていく。ユーザーが使いたいのはアプリケーションであって,帯域ではない。
 事業者が困ってP2Pを規制したり,従量課金にする前に,もう少しルーターや回線について真剣に見直してみる必要があるのではないか。最大10Gビット/秒の高速イーサネットを使ったルーターもきちんと動いている。そもそもP2Pは大量のルート情報が必要となるのは事実だが,トラフィックを分散させる効果がある。接続先が1カ所に集中せず,違う相手とつながることになるからだ。このとこがあまり語られていない。とにかく一般ユーザーのブロードバンド回線で従量制を導入することは間違っている。

--P2Pアプリケーションによる著作権侵害はどう見る。
 著作権の侵害には当然ながら反対だ。しかし取り締まるのは困難だろう。Winnyを禁止しても代替品はいくらでも作れてしまう。この私でも作れる。
 今,必要なのは“太陽政策”ではないか。例えば,テレビ放送の再送信などを,IPマルチキャストで認めるといったことだ。総務省や文化庁,テレビ局などに求めたい。当社が難視聴の地域で再送信をしようとしても認めてもらえない。こういった状況から,しょうがなくP2Pアプリケーションでコンテンツを手に入れているユーザーもいるはず。
 このままでは,P2Pアプリケーションによる違法なファイル交換は増えることがあっても,減ることはないのではないか。