NECと組んで,欧州を中心に各国でW-CDMA方式の第3世代携帯電話(3G)ネットワークを構築している独シーメンス。エネルギーや自動制御,情報通信,交通,医療など様々な分野の電気・電子機器を扱うメーカーとして世界的に有名な同社だが,海外では携帯電話の端末やネットワーク機器の大手メーカーとしても知られる。ミュンヘン本社を訪れ,携帯電話事業を担当する部門のプレジデントであるK.クリストフ・カセリッツ氏(写真右上)に,欧州での3Gサービスの展望を聞いた。(聞き手は杉山 泰一=日経コミュニケーション)

--日本に次いでW-CDMA(欧州では「UMTS」と呼ぶ)方式の3Gサービスが始まると見られていた欧州各国で,実際に商用化しているのはハチソン3Gグループの5社だけ。他の携帯電話会社がなかなか商用化に踏み切らないのはなぜか。
 いろいろな原因があるが,今はたくさんの種類の端末を大量に調達できない点が大きいだろう。既存の欧州標準GSM方式の携帯電話サービスを提供している携帯電話会社は,「今はまだ魅力的な端末がないので,W-CDMAの商用化に躊躇(ちゅうちょ)してしまう」と漏らす。
 確かに現時点では,欧州で手に入るW-CDMA端末は数種類しかない。また,3月にW-CDMAサービスを開始したイタリアのハチソン3Gは,「ニーズはあるのに十分な数の端末を確保できない」と言っている。同社はすでに40万人程度のユーザーを獲得しているが,年内の目標数は100万人だ。
 W-CDMA方式は非常に複雑なので,端末メーカーに高度な技術力を要求する。しかし,もうこれ以上は待たせない。来年の第1四半期になれば,当社はもちろん,韓国のサムスン,米モトローラ,シャープなど多数のメーカーが競争力の高いW-CDMA端末を発売するだろう。大きい,重い,バッテリーが持たないといった問題が解消され,見た目もぐっと魅力的になる。
 私が知っている範囲では,欧州のすべての携帯電話会社が,2004年末までにW-CDMAの商用サービスを開始したいと言っている。来年魅力的なW-CDMA端末が一気に出てくるので,そうなる可能性は高い。

--欧州で現在主流のGSM携帯電話方式には,少ない追加投資で高速パケット通信を実現できる規格「EDGE」が用意されている。短期的な採算性を重視し,投資額の大きいW-CDMAではなくEDGEを商用化する携帯電話会社が出てくる可能性は?
 EDGEに対する取り組みは,地域によって異なるだろう。シナリオは次のように大別できる。(1)W-CDMA向けに十分な周波数を持っていない携帯電話会社が採用,(2)都市部はW-CDMAにしてユーザーの少ない地域だけEDGEを採用,(3)3~4年間は速さより安さを優先したサービスを提供したい携帯電話会社がEDGEを採用--の3通りだ。
 例えば,東欧の小さな携帯電話会社などは(1)に該当する。周波数のライセンス使用料を支払えないためだ。既にW-CDMA向けの2GHz帯の周波数を現行サービスで使っている米国の携帯電話会社も,これに当たる。新たな周波数を獲得してW-CDMAを商用化するまでの“つなぎ役”として,EDGEを商用化する。
 実は欧州の多くの国では,(2)のシナリオを選択する携帯電話会社が多数出てきたとしても不思議ではない。2005年になれば,多くの端末メーカーがGSMとEDGEとW-CDMAの「トライモード端末」を発売すると思えるからだ。
 W-CDMAのパケット通信速度は実効300kビット/秒くらい。これに対してEDGEの実効速度は100k~120kビット/秒程度だろう。この差が大きいと見るか小さいと見るかは,各携帯電話会社が費用対効果をどう判断するかによる(注:今のGSM携帯電話機の大半は「GPRS」と呼ぶパケット通信規格に準拠しており,実効速度は30k~40kビット/秒)。
 そして,まだ3~4年間くらいは携帯電話のブロードバンド・サービスにはニーズがないと判断した携帯電話会社は,(3)のシナリオを選ぶだろう。ブロードバンド・サービスへのニーズが高まるまで,安いサービスを売りにするという考え方だ。
 シーメンス自身は,2004年はEDGE端末とW-CDMA端末は別々に発売する。EDGEとW-CDMAの両方に対応した端末を出せるのは,2005年からだろう。EDGEエリアとW-CDMAエリアの間のローミング機能を実現するのに,時間がかかるからだ。

--現在5社が提供中の欧州版iモードは,100万ユーザーを突破するのに1年半かかった。英ボーダフォンとそのグループ会社が提供するVodafone Live!は,わずか1年で300万ユーザーに到達。この差はどこに原因があるのか。
 Vodafone Live!はすでに成功を収めていると言っていい。ボーダフォン・グループはこのサービスに非常に力を入れており,2003年末までに端末ラインナップの50%以上を,2004年末には75%以上をVodafone Live!対応にするようだ。
 Vodafone Live!は使い勝手がよく,とても便利だ。例えば,着信音のダウンロードや写真付きメッセージの送信が,とても簡単にできる。実際,Vodafone Live!のおかげでボーダフォン・グループのデータ通信収入は伸びている(注:英ボーダフォンは携帯電話会社25社に出資。現在,13社がVodafone Live!を提供中。また,300万という数値には日本のユーザーは含まない)。
 一方,シーメンスの本社があるドイツでは,オランダのKPNモバイルの子会社であるEプラスがiモード・サービスを提供している。iモード自体は素晴らしいサービスだ。ユーザーを魅了できる。しかし,ユーザー数を増やすには時間がかかるだろう。新サービスとはそういうものだ。SMS(ショートメッセージサービス)だって,今のように普及するまでに6年くらいかかった。
 もっとも,もっとユーザー数の多い携帯電話会社がiモードを提供すれば,もっと早く広がるだろう。Eプラスの市場シェアは11%しかない。また,iモードに対応する端末がまだ少なすぎる(注:シーメンスは2003年夏前からiモード対応機「S55」の提供を始めた)。