経営者の技術リテラシーを高める
情報化投資のトレード・オフを常に考える
日経コンピュータ2003年8月11日号,36ページより 「経営者が情報システムを理解してくれない」。これは、企業の情報システム部門を預かる方々にとって共通の悩みであろう。このためシステム責任者は、経営者の「IT(情報技術)リテラシー」をなんとか高めようと腐心している。経営者に電子メールやイントラネットを直接使ってもらったり、システム部門の状況や取り組みを定期的に説明する場を設ける、といった具合である。
だがいろいろ努力しても、なかなか効果が出ないというのが実態ではなかろうか。そこで今回は、ITリテラシーにとどまらず、経営者の「技術(テクノロジカル)リテラシー」を高めてはどうか、という提案を書く。
米国の国際技術教育学会(ITEA)によれば、技術リテラシーとは、「技術を使用し、管理し、理解し、評価する能力」のことである。技術をITに置き換えれば、ITを使用し、管理し、理解し、評価できる能力となる。まさに経営者に必須の能力である。
ITEAは、Standards for Technological Literacyという書籍を出している。『国際競争力を高めるアメリカの教育戦略』という邦訳が出ているのでぜひお読みいただきたい(発行:教育開発研究所、編訳者:宮川秀俊/桜井宏/都築千絵。ISBN:4-87380-331-4 C3037)。この本は、米国の幼稚園から高校卒業までの一般教育で教えるべき技術教育の内容を精選したものである。
企業の経営者は業種を問わず、本書に書かれた内容を理解したほうがよいと思われる。「幼稚園から高校で教える内容」と聞いて、むっとする経営者がいるかもしれない。だが、ここで記述されている内容のほぼすべては、日本では教えていないことである。今から経営者が勉強しても特に恥ずかしいことではない。
本書の特徴は、個別の技術を一つひとつ教えるのではなく、すべての技術に共通する原則や、技術を利用するときの重要な手法を教えようとしていることである。原則や手法を理解しておけば、新しい技術が出てきても、その技術の専門家の説明を受ければ新技術を理解できる、という考え方だ。
さわりをいくつか紹介する。「技術の本質はデザイン(設計)にある」という指摘がある。本書の3分の1を割いて、デザインの重要性が説明されている。IT利用や情報システム構築においても
肝は設計である。そして、「デザインとは相反する複数の要求あるいは制約のバランスをとっていくこと」である。ここで技術の中核概念として、「トレード・オフ」の重要性が強調される。
トレード・オフは、日本語の取捨選択とは違う。何かを採用するかわりに、何かを犠牲にすることを意味する。情報システムでいえば、経営者が望む機能、現場の利用者が望む操作性、開発者が望むシステム構造、そしてコスト条件をすべて満たすことはできない。何かを優先し、何かを犠牲にすること(トレード・オフ)がデザインである。
トレード・オフの概念を理解した経営者は、「この予算内でこれとこれをやるのがシステム責任者たる君の任務だ」とか、「絶対に止まらないシステムを作れ」、「情報が漏れないシステムにしろ」、「バグをすべて除去してから本稼働に入れ」といったことを言わなくなるはずである。
さらに本書では、出来上がった技術システムを維持管理するとはどういうことか、についても記述がある。情報システムの運用の重要性を理解している経営者は案外少ない。