「教員の能力が低く、表計算ソフトやメール・ソフトの操作しか教えられない」。「教科書があまりにも簡単。高校生に教えるべき内容とは思えない」――。高等学校におけるIT教育に対して、教育界や産業界で批判が噴出している。「すべての高校生に『情報活用能力』を身につけさせる」という高い理念の下、3年前に華々しく始まった高校IT教育は、いまどうなっているのか。実態を明らかにする。

(高下 義弘)


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ある「情報」担当教師の告白

 2年前から公立高校で教科「情報」を教えている。それまでの15年間、生物を担当していたが、校長の鶴の一声で“転職”させられた。2003年から必修になった「情報」の教員免許を持つ先生を確保する必要が生じ、私に白羽の矢が立ったようだ。

 パソコンはなんとか電子メールを使えるぐらいの私だが、情報の教員免許は簡単に取得できた。夏休みに3週間、講習に通うだけですんだ。最初は、「アルゴリズム」や「IPアドレス」といった耳慣れない言葉の洪水に焦ったが、「修了試験もなにもない」と聞いて安心した。その後は、我慢して机に座っているだけで、本当に免許をくれた。

 あれから2年。授業はなんとかこなせている。教科書には「情報の伝達」とか「情報の統合」といった、仰々しいタイトルが並んでいるが、要はワープロや検索エンジンの使い方を説明するだけ。生徒にはパソコンを使った“実習”をやらせていれば、週2コマ(100分)は、あっという間に過ぎる。

 もっとも、まじめに授業を受けている生徒はほとんどいない。パソコン・オタクの生徒は、勝手に何かをやっている。一方で「情報は大学入試には関係ない」と、英語や数学の“内職”に励む生徒もいる。私が言うのも何だが、高校におけるIT教育は、これでいいのだろうか――。

 これは、本誌が取材した教育関係者数人の証言をもとに、平均的な高校におけるIT教育の現状を描写したものだ。「世界最先端のIT国家を目指す」とうたったe-Japan計画の一環として、鳴り物入りで導入が決まった高校のIT教育は、早くも当初の理念を見失い、迷走状態に入りつつある。

「操作教育」に終始

 「すべての高校生に『情報活用能力』を身につけさせる」。こうした理念を掲げ、文部省(現・文部科学省)は1998年に、ITを教える新しい教科「情報」を制定。2003年度から必修科目とすることにした。これにより日本の高校生380万人は、在学中の1年間、必ず週2コマの「情報」の授業を受ける。「1年間、週2コマの必修」は、「政治・経済」や「地理A」と同じ位置付けだ。

 しかし開始から丸2年がたった今、高校のIT教育はとうてい軌道に乗ったとは言い難い。「実際の授業は、学習指導要領に記されている『問題解決の工夫』や『情報伝達の工夫』といったお題目とは、かけ離れている」と、ある教員は明かす。

図1●高等学校におけるIT教育の問題点
 冒頭で紹介したように、多くの場合、「情報」の授業の中身は、表計算ソフトやプレゼンテーション・ソフトなどアプリケーション・ソフトの操作方法と、インターネットの利用法の指導が中心(図1[拡大表示])。教科書を見ても、「タイトルや見出しを強調するには、ゴチック体を使いましょう」とか、「スライドに音声ファイルを張り付けると、臨場感が出ます」といった記述が各所に出てくる。しかも学校教育の性格上、特定製品の利用を前提にできないので、操作法の教育といっても、ごく表面的だ。

 教科書には、「コンピュータの動作原理」や「インターネット上の知的財産権の取り扱い」に触れている章もあるが、多くの高校では、こうした部分もスキップしてしまう。「範囲が広すぎて、すべてをきちんと教えようとすると、週に2コマでは終わらない」と、高校のIT教育に詳しい尚美学園大学 芸術情報学部情報表現学科の小泉力一教授は指摘する。「校内に設置されたパソコンのおもりに追われ、授業の準備を十分にできない教員も多い」と言う。

1万人超の教員を短期に育成

 高校のIT教育は、どうしてこうなってしまったか。理由は大きく二つある。一つは平均的な教員の能力が低いこと。もう一つはIT教育の中身が明確になっていないことだ(図1参照)。

 まず教員の能力だが、「情報」を担当する教員のほとんどは、アプリケーションの操作方法やインターネットの利用法しか教えられない。「教えない」のではなく、能力不足で本当に「教えられない」のだ。IT教育に詳しい慶應義塾大学環境情報学部の大岩 元教授は、「情報科学から著作権問題まできちんと教えられる教員は、ほんの一握り」と指摘する。

 一人ひとりの教員のやる気や資質に問題があるのではない。問題の本質は、「情報」担当教員の育成体制にある。


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