ソニーは5月、グループ共通のサプライチェーン管理(SCM)システム「CLOVER」を稼働させた。グループの全体最適を目指すCLOVERの構築は、同社初といえる本社と子会社3社による共同チーム体制で遂行。各社の考え方が違って議論がまとまらない、要件漏れによるトラブル続出など数々の困難に直面した。4社は議論を重ねて地道に問題をつぶし、280億円、2年半の一大プロジェクトを完遂させた。(文中敬称略)

(戸川 尚樹)


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 「グループ4社が団結して業務プロセスを見直し、システムを構築することなど、これまではとても考えられなかった」。ソニーマーケティング(SMOJ)社長の宮下次衛は、CLOVER構築プロジェクトを振り返って、こう語る。SMOJはソニー・グループの1社で、パソコンやデジタル・カメラ、テレビなどコンシューマ製品の販売を手がける。

「販売会社の信頼を失う」と危ぐ

 製造、販売、物流など業務ごとにプロセス(業務の流れ)を最適化し、各社の作業スピードを最大化する。これがCLOVERの利用を始めるまでのソニーの流儀だった。SMOJやソニー製品の生産を一手に引き受けるソニーイーエムシーエス(EMCS)、製品配送を担当するソニーサプライチェーンソリューション(SSCS)といったグループ各社はこの考え方のもと、個別に業務プロセスを作り、それにのっとってシステムを構築していた。

 しかし、こうした個別最適の考え方は限界に達していた(図1[拡大表示])。その顕著な例は、販売会社への納期回答である。昨今の大手量販店は「××製品を○月△日□時にX個」と時間単位で製品の納期回答を求めてくる。ところがソニーはCLOVERを導入するまで、「○月△日にX個」と日単位でしか納期を回答できないことが多かった。

図1●「CLOVER」導入前と導入後のオペレーション体制の違い。CLOVERは、ソニー・グループ4社が共同で構築した製造・販売・物流統合システム

 納期を素早く回答するには、SMOJが持つ販売側の在庫情報だけでなく、EMCSが持つ生産スケジュールや工場在庫といった情報、SSCSが持つ物流状況の情報を即座に把握する必要がある。しかし、各社個別のシステムでは困難だった。SMOJの担当者はEMCSやSSCSの担当者とメールや電話で情報をやり取りして納期を確認したが、時間単位の回答は難しかった。

 「製品納入先である販売会社の要求に応じられないようでは、ソニーは早晩相手にしてもらえなくなる」。SMOJの宮下や当時EMCSの常務だった田谷善宏などのソニー・グループ幹部、さらにソニー本社は危機感を強く抱いていた。もはや個別最適は通用しない。製造・販売・物流の業務プロセスをトータルで見直し、全体最適を実現するSCMシステムを実現する以外に手はない。こう考えた4社は、ソニーとしては初めてグループの壁を越えてタッグを組み、CLOVERの実現に向けて動き始めた。2002年7月のことだ。

 プロジェクトには数々の壁が立ちふさがった。開始当初は各社が使っている用語からして大きく異なり、議論が円滑に進まなかった。仕様を網羅しきれず、テスト段階では数多くのトラブルが発生。稼働時期を4カ月延期せざるを得なかった。

 それでも4社はグループ共通の業務用語を定義する、業務フローをすべて図示するといったコミュニケーション・ギャップを埋める手立てを施して、メンバー全員で地道に問題を解決。280億円とピーク時600人の人員を投入したCLOVERは、今年5月に稼働した。

「やはり1社では限界があります」

 「各社が個別にプロジェクトを進めるべきではない。グループの競争力を高めるには、会社の垣根を取り払って生産、販売、物流の業務をトータルで見直さないといけない」。EMCSの田谷は、オペレーションズ部門長を務める千野浩毅に対して、何回も自説を唱えた。CLOVERがまだ影も形もない2001年の話だ。

図2●CLOVER構築プロジェクトのスケジュール
 SMOJ、EMCS、SSCSは2001年春以降に、業務プロセスの改革や新システムの構想を練るプロジェクトをそれぞれ立ち上げていた(図2[拡大表示])。この動きに田谷は異を唱えたのである。「田谷の言うとおりだ。SMOJと密に連携して業務を改革し、新たな共通システムを作るのが得策だろう」。こう考えた千野は2001年10月、部下である竹平ゆかりに、SMOJが進めている基幹系刷新プロジェクトの視察を命じた。

 EMCSオペレーションズ部門サプライチェーン企画部担当部長を務める竹平は、SMOJのプロジェクトの状況を見て愕然とし、さっそく田谷や千野に状況を報告した。「SMOJの状況を見ると、抜本的に業務を改革するのは難しそうです。単なるシステムの入れ替え作業で終わりかねない。やはり1社では限界があると思います」。

 田谷たちはすぐさま行動を起こした。SMOJの経営層に対し、「当社と一緒に業務プロセスを見直し、共通のシステムを作りましょう」と訴えた。SMOJは田谷たちの意見を受け入れることを決定。2002年2月に、SMOJとEMCSは共同でCLOVER構築プロジェクトを立ち上げた。


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