経済産業省とIPA(情報処理振興事業協会)が2000年度に始めた「未踏ソフトウェア創造事業」。4年目を迎え、才能ある人材を発掘して開発資金を与え、独自性のあるソフトウエアを開発させるという目的は、少しずつ達成されている。一方で、応募者の少なさ、ユニークなソフトが社会に受け入れられにくいという課題も明らかになった。

床に四つの赤い円が描かれている。円の一つに入るとマーチン・ルーサー・キング牧師の演説が聞こえてきた。円を離れると何も聞こえなくなり、次の円に入ると今度はメジャー・リーグ・ベースボールの中継放送だ。その次の円ではニュース。周囲の人に聞こない音声が、円の中に立つ自分だけに聞こえてくる。なぜだろう?
これは、この9月に開かれた「未踏ソフトウェア創造事業(以下、未踏ソフト)」の成果発表会で、記者を最も驚かせたデモンストレーションだ。128個のスピーカを並べて一つひとつのスピーカから出る音声をコンピュータで制御し、特定の場所で特定の音だけが聞こえる場を実現している(図1[拡大表示])。
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図1●溝口博氏らが開発した「目に見えない浮かぶヘッドホン」のデモンストレーション |
このシステムを開発したのは東京理科大学の溝口博教授らだ。元々は「講義の最中に私語をしている生徒だけを注意したくて作った」と冗談めかして語る溝口氏だが、火事の際の誘導、異なる言語での映画やテレビの同時視聴、美術館や博物館での作品説明などへの実用化を考えている。「今後は薄いスピーカで設置を楽にしたり、壁だけではなく天井や床にもスピーカを設置して、より高い精度で音を届けたい」(同)。
このシステムの基盤となっているのは、音の干渉現象を利用した「スポット・フォーミング」と呼ばれる技術だ。各スピーカから音声を出すタイミングをずらすことで、A地点では、信号Aはそのままに、信号B、C、Dが打ち消しあうようにする。人間の耳は最も音量の大きい音だけを認識する(マスキング効果)ので、A地点では信号Aだけが聞こえるように感じる。人間の位置を感知するセンサーを組み合わせ、人の動きに応じて音声を制御すれば、目に見えない“ヘッドホン”を頭の位置に動かすことも可能だ。
企業にできないソフト開発を
本欄「テクノロジ・フロンティア」はこれまで、バイオメトリクス、IPv6、グリッド・コンピューティング、Webサービスを取り上げてきた。この四つの分野はだれもが認めるコンピュータ技術の先端分野であり、多くの企業が競って実用化を進めている。
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図2●「未踏ソフトウェア創造事業」の仕組み |
国の政策の一環として、経済産業省とその外郭団体であるIPA(情報処理振興事業協会)は従来からソフトウエア開発を支援してきた。しかしここでも、支援するプロジェクトの選定を合議制で行っていたため、「革新的なものではなく、平均的な、そこそこいいものを作りそうな開発者を選びがちだった」(経済産業省の商務情報政策局情報政策課情報処理振興課の下堀友数ソフトウェア係長)。
これでは企業の開発と変わらない。このままでは独創的なソフトウエアは日本から生まれない。そうした危機感から生まれたのが未踏ソフトだ(図2[拡大表示]、Q&Aを参照)。まず、経済産業省が未踏ソフトの事業予算として1年に約10億円を供与(詳細は表1)。事業主体のIPAは、11~16人の「PM(プロジェクト・マネージャー)」を選び、ソフトウエアの開発者はPMを選択して応募する。開発者は「個人または数人のグループ」が対象で、企業への委託にならないようにしている。
PMが1人で選び「平均」を排す
PMは自分に寄せられた応募の中から「面白い」と思うものを選ぶ。複数の人間が会議をしてプロジェクトの可否を決めるのではないところが特徴だ。
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