従来型の構内交換機(PBX)を置き換える「IPセントレックス」サービスの開始や、050番号を使った着信が可能になり、企業がIP電話を導入する環境が整った。しかし安易な導入はコスト増を招く。IP電話への移行で、コストが削減できる条件を明らかにする。

(坂口 裕一)

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 昨年12月13日、『日本経済新聞』の朝刊1面に掲載された記事「IP電話全面導入―東京ガス 通信コスト半分以下に」は大きな反響を呼んだ。東京ガスと、今回のネットワーク構築を手掛けるNTTデータには、記事掲載から約2カ月間で百数十件もの問い合わせが寄せられた。その中心はユーザー企業だったという。

 衝撃的だったのは、IP電話の導入で約10億円の通信コストが半減できることと、電話の信頼性を重視するはずの大手ガス会社がIP電話を全面導入することの2点だ。大手石油会社の情報システム企画担当者は、「製造業の会社がIP電話を導入するという記事なら気にも留めなかっただろう。しかし東京ガスがやるというなら話は別。うちの会社でも真剣にIP電話の導入を検討してみたい」と語る。

通信コスト削減のコミットメント

 「3割以上通信コストを削減しろ。これは経営層に対するコミットメントだから、達成できなければクビだからね」。東京ガスの田井秀男情報通信部ITインフラ・マネジメントグループマネージャーは、1年ほど前に常務からこう言われたと話す。近年、オール電化住宅の登場などで、市場での競合は激化する一方である。当然IT部門にもさらなるコスト削減が求められていた。しかし、同社は数年前に音声とデータをATM専用線のネットワークに統合して、通信コストを削減する取り組みを完了していた。「通信料金の削減は限界に思えた」と、田井マネージャーは当時を振り返る。

図1●東京ガスはIP電話の全面導入で、年間の通信コストを約10億円から約5億円に半減する。既存のPBXを共用型のPBXサービス「IPセントレックス」に変更し、大きな割合を占めていたPBXの購入や保守にかかわる費用を削減する。詳細な内訳や料金は、本誌推定

 ところが相談を受けたNTTデータが調べたところ、まだ削減の余地は残されていた。年間のPBX(構内交換機)の新規購入費用と保守費用の合計が通信関連コストの約3割を占めており、これを削減できれば効果が大きいことが判明したのである(図1[拡大表示])。こうして昨年夏、東京ガスはIP電話を全面導入して、既存のPBXを撤去する検討を開始した。

 同社のPBXは、全拠点を合わせて96台で、毎年約10台を買い替えている。その新規購入代金と96台分の機器の保守料の合計、年間3億~4億円がPBXの撤去によって削減できる。
 もちろん、PBXの代わりに導入する共用型PBXサービスのコストが発生する。新聞記事にある「コスト半減」は、これらの増減に加えて、今回、データ・ネットワークをATM専用線から広域イーサネットへ移行することで削減できるコストも含まれている。

IP電話を取り巻く環境が急変

 今回、東京ガスが導入するIP電話は、音声をIPネットワークに変換するVoIP(ボイス・オーバーIP)技術を利用するものである。VoIP技術自体は数年前からあり、同技術を使って拠点間の内線電話をIP化した企業も登場している。

 ただ、このやり方でコストが削減できるケースは限られるため、多くの企業に普及するまでには至らなかった。「VoIP機器の価格は高く、導入費用も含めると1拠点当たり最低数十万円はかかる。一方で、通信事業者間の競争が進み、電話料金はどんどん下がる傾向にある。ほとんどの企業はVoIP機器の元を取ることができないだろう」。NTTデータで東京ガスの事例を手掛ける松田次博法人ビジネス事業本部第二法人ビジネス事業部ネットワーク企画部長は、昨年1月に本誌が開催したセミナーで、こう指摘していた。

新型“PBXサービス”が登場

 この状況が、変わってきた。最も注目すべきは、従来のPBXの機能を代替する「IPセントレックス・サービス」の登場である。このサービスは、サービス提供者が用意した共用型PBXを、IPネットワーク経由で利用するもの。同じPBXを多くの企業で共用するため、サーバーを24時間体制で監視したり、2重化しても、1企業当たりのコストには大きくは影響しない。電話交換の負荷はさほど高くないため、「2万回線を収容する東京ガスの例では、薄型のUNIXサーバー数台で運用している」(NTTデータの松田部長)という。IP電話を取り巻く環境の変化で需要が増えると読んだ、NTT-ME、日本テレコム、パワードコム、フュージョン・コミュニケーションズは、4月以降に順次IPセントレックス・サービスを始める。

 現在、多くの企業では総務部門がPBXの管理を担当しており、情報システム部門から見れば“隠れた通信コスト”となっている。「東京ガスの事例を見て分かる通り、通信コストに占めるPBXの購入、保守料の割合は大きい。PBXを撤去し、IP電話とIPセントレックス・サービスを導入するとコスト削減に結び付く」(NTTデータの松田部長)。すなわち、従来型のIP電話は拠点間のIP化であったが、今後はPBXを撤去し、拠点内もIP化するのが主流になる。この形態であれば、IP電話導入でコスト削減ができる企業は増えるはずだ。

 注意が必要なのは、IPセントレックス・サービスは、従来型PBXが備えている数百種類の機能は持っていないということ。内線電話、転送や保留、代表着信、発信規制など、よく使う数十の機能に絞っている。


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 昨年は大手都市銀行が広域イーサネットを初導入したことで、その後、他社への普及へ弾みがつきました。今回、東京ガスがIP電話を全社導入するのも、これに似たような注目事例になりそうです。最初のヤマ場は、試験導入が完了する今年の夏にやってきます。(坂口)