右肩上がりの急成長を続けてきたマイクロソフト日本法人(MSKK)が今、創業以来最大の壁にぶつかっている。サーバー製品を中心とする業績不振、オープンソースの脅威、社員の士気低下…。阿多親市社長は歴代の日本法人社長で最も多くの悩みを抱える。実態があまり知られていないMSKKで何が起きているのか、この状況に対してどう立ち向かおうとしているのかを明らかにする。

(井上 理)

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ドキュメント

阿多社長のある一日

 1月11日、厳寒の米シアトル空港に降り立ったマイクロソフト日本法人(MSKK)社長の阿多親市は、3日後にあるミーティングに向けて気を引き締め直した。半年に一度、主要国の現地法人社長とマイクロソフト本社の間で開かれる業績と予算報告のミーティング「ミッドイヤーレビュー」は、いわば現地法人社長の“査定面接”でもある。

 今回のミッドイヤーレビューが厳しいことは目に見えていた。手持ちの報告書に好材料は少ない。報告の対象となる2002年7~12月の半期は、MSKK全体の売上高が前年同期を割り込んだ。前回のミッドイヤーレビューで確約した予算は、ほとんど達成できていない。

 売上高が落ちたのは、明らかにパソコン不況の影響である。欧米に比べてプリインストールしたソフトによるライセンス収入の比率が高いMSKKの収益構造では、どうしてもパソコンの出荷台数に業績が左右される。でも、不況のせいにすることは、米国本社の幹部の前では許されない。

 そもそも、パソコン不況は予測できていた。当初の予定では、その穴を「Windows2000 Server」や、データベースの「SQL Server」、グループウエアの「Exchange Server」といったサーバー製品群で埋め合わせる予定だった。

 しかしサーバー製品群の売り上げは、予算に対して20%以上も低い。事前の報告では、マイクロソフトの売上高上位5カ国で、サーバー製品の予算を達成できなかったのは日本だけだ。

 憂鬱の種は、数字だけではない。アジア太平洋地域を本社側で統括していたバイス・プレジデントのマイケル・ローディングが、日本地域専任担当になるというアナウンスが年末にあったばかりだ。完全に東京・笹塚のオフィスに常駐し、日本法人の経営にかかわるという。「いよいよテコ入れに来たか。本社の監視が厳しくなる…」。経営者としては、できれば自分一人でMSKKを切り盛りしたいというのが本音だろう。

図1●マイクロソフト日本法人(MSKK)が抱える三つの憂鬱

 昨秋から、政府がオープンソース・ソフトの採用を検討する動きをマスコミが報道し始めたことも懸念事項だ。「記者はオープンソースのことを本当に理解して書いているのか。そもそもクライアントの話なのかサーバーなのか書いていないじゃないか」。そうした思いとは裏腹に、米国本社は記事に対して過敏に反応してくる。今回の報告書でも、オープンソースの動向と対策に、かなりの分量を割くことを余儀なくされた。だが政府やマスコミに対しては、「説明をして理解してもらう」こと以外に、今のところ具体的な戦略を持ち合わせていない。

 まだ米国本社は問題視していないが、従業員が1000人を超え、社内的なほころびが見え始めたことも無視できない。マイクロソフトの給料は決して高くない。株価の低迷で頼みのストックオプションを行使できない状況で、給与に不満を抱く社員が増えているようだ。だが、簡単に給与の原資を増やすわけにもいかない。

 大企業になったMSKKに憧れて入社した社員が多くなったせいか、昔のような元気や活気が薄れてきたことも悩みの種だ。なかなか出世できない若手社員は仕事に対するモチベーションを維持しづらいようだ。

 こうした様々な憂鬱を抱えながら、阿多はミッドイヤーレビューに臨んだ。最高経営責任者のスティーブ・バルマーをはじめ、幹部役員からの容赦ない質問が浴びせられた。合計12時間ものあいだ……。

(敬称略)

注) MSKKの抱える問題点を阿多社長のある一日のなかに再現した



深層

MSKKが抱える三つの憂鬱

 「いやー、CEO(最高経営責任者)は相変わらず元気でしびれるよ。今回は12時間。まあ、短いほうかな。僕は打たれ弱くはないので、普通です」―。

 阿多社長はミッドイヤーレビューの感想を、こう語った。しかし内心は相当こたえたはずだ。MSKKの抱える憂鬱の種は多く、米国本社の幹部がこれを見逃すわけがないからだ。

 「創業以来最大の危機と言っても過言ではない」。あるMSKK幹部は記者にこう漏らした。バランス感覚が評価されることの多い阿多社長に対して、米国本社の幹部は「緻密な戦略や、数値や具体的なソリューションの面で物足りない」と、指摘しているという。「阿多さんは腹をくくってるんじゃないかな。あと半年が勝負だよ」とは、MSKKと非常に関係が深いパートナ企業幹部の弁だ。

 “創業以来最大の危機”に対して、MSKKはどう立ち向かおうとしているのか。日本専任担当のバイス・プレジデントに就任した米本社幹部をはじめ、阿多社長、営業を担当する2人の取締役などへの徹底取材で、新たな戦略が見えてきた。

憂鬱 その1

サーバー製品の不振

 デスクトップOS、ワープロや表計算ソフト、Webブラウザなどのデスクトップ・アプリケーションで成功を収めてきたMSKKは、今サーバー製品の販売拡大で壁にぶつかっている。阿多社長は「Officeは生産性を上げましょうというメッセージを具現化できるソフトで、非常に分かりやすい。しかし、サーバー製品はそうはいかない。製品も会社としても信頼性を非常に求められる難しい領域だ」と、苦戦を強いられていることを認める。

 直近の半期(2002年7~12月)でサーバー製品の売れ行きが予算に届かなかったのは、2002年7月に割安なアップグレード・ライセンスを廃止し、新ライセンスの「ソフトウエア・アシュアランス(SA)」へ完全に移行した影響が大きい。SAは一定額を継続的に支払う企業に対して、契約期間内はいつでも製品をバージョンアップできる権利を保証するライセンス形態。ただし3年以上の間隔でバージョンアップをするユーザー企業にとっては事実上の値上げとなる。当然、ユーザーからの反応は良いものではない。

 大企業向け営業を担当する鈴木和典取締役は、「これまでサーバー製品群は前年同期比30%増以上のスピードで伸びてきた。ところが、昨年7月以降からパタッとスピードが落ちた」とサーバー・ビジネスの失速を認める。中堅・中小企業向けの営業を担当する眞柄泰利取締役も、「実質の値上げと感じた企業の駆け込み需要で、9月までは売り上げが入ってきたが、10月、11月は厳しかった」と話す。


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 一般にマイクロソフトと言えば「世界最大のソフトウエア企業」、「米国司法省にも勝つ独占力」、「ビル・ゲイツ氏は世界一のお金持ち」といった、“最強”という名に相応しいイメージがあります。

 だからこそ、敵も少なくありません。とくに日本では、マイクロソフトに対して「黒船」に近いイメージを持つ大手企業幹部もいます。「ある種の拒否反応が見られる」とは阿多社長の弁。世界最強企業の日本法人トップにかかる重圧は、周囲が思うほど軽いものではないのです。

 ただし、マイクロソフトが日本社会の情報化に多大なる貢献をしたことも事実です。この企業がどんな壁に直面し、どんな戦略を持って行動するのかは、日本全体に関わる重要事項だと思い、特集を企画しました。

 最後に、この企画に関して全面的な取材協力を頂いた、マイクロソフト日本法人に謝辞を申し上げます。(井上)