顧客の属性や取引履歴などの情報を収集・分析し、“個客”サービスに生かそうとする企業が増えている。
しかし一歩間違えば、顧客の満足度を高めるどころか、プライバシ侵害につながりかねない。
先進ユーザーはこのジレンマにどう立ち向かっているのか。
JCB、スルガ銀行、高島屋などの取り組みを追った。

(松浦 龍夫、杉山 裕幸)


本記事は日経コンピュータ2002年11月18日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 「会員登録でこんな情報まで必要なのか、ということまで入力させられた」、「会社への突然の電話セールスで仕事を妨げられた」―。

 CRM(顧客関係管理)やデータ・マイニングなどのツールを駆使して、個人顧客の情報をきめ細かく収集・分析する企業が増えている。個々の顧客に見合った営業活動やサービスの提供によって,満足度を高めるのが狙いだ。ところが一方で,個人情報の収集や、その情報を使った企業活動には危険な側面がある。プライバシに敏感な顧客に対しては、満足度を高めるどころか、逆に不快感を与えかねないことだ(図1[拡大表示])。これでは企業イメージを著しく下げてしまい、顧客を失う結果にもつながる。

図1●顧客情報を収集・蓄積・活用する際のプライバシにかかわる問題点。プライバシ情報の取り扱いに敏感な顧客の場合、企業側の行為が不快感を与えかねない

 もちろん、企業のこのような行為を「うれしい」と感じる人や、特に何も感じないという人もいるだろう。しかし、冒頭に挙げたような経験をして、不快な思いをした人も多いはずだ。加えて、現在検討されている個人情報保護法案や、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)の稼働を背景に、「国民のプライバシに対する意識は高まっている。今後は、自らの個人情報の扱われ方に、敏感に反応する人が間違いなく増える」。個人情報保護の問題に詳しい森綜合法律事務所の飯田耕一郎弁護士はこう予測する。

 約4230万人の会員をもつ大手クレジットカード会社のジェーシービー(JCB)で、今年9月までマーケティング業務を担当していた仲岡真 営業本部 部長(大阪担当)は、「顧客に喜んでもらうための行為が、逆に嫌われる恐れがある。顧客情報を使ったマーケティングはまさに“両刃の剣”だ」とその危険性を認める。JCBの場合、クレジットカード会社という性格上、自社の物品販売や店舗がない。顧客情報を基にした効果的なマーケティングを行い、カードの利用を促さないとビジネスが成り立たない。それだけに、顧客情報の扱い方には細心の注意を払っているという。

本当の「顧客本位」を実践せよ

 「サービスを望まない人への対応がきちんとできているかどうかを、企業は見直す必要がある」と指摘するのは、経営コンサルタントの太田秀一氏だ。

 例えば、電話を使った勧誘やセールス。電話をかける側はセールスの一環と考えていても、仕事中にかけられた人はこれを「業務の妨げ」、あるいは「プライバシの侵害だ」と感じるかもしれない。欧州では電話セールス自体を法律で禁じている国もあり、米国では「もう二度と電話をかけてくるな」と言われたら、その番号をデータベースに登録し、以後はその人へかけないということが、電話セールス業界の自主規制という形で義務づけられている。太田氏は「日本でも早く法律をつくってほしいし、企業も本当に顧客本位ということを考えるのなら自主的に規制すべき」と手厳しい。

 企業イメージを落とさぬように顧客情報を扱うには、どうすべきか。この難題に対して、すべての企業に当てはまる万能の解はない。しかし今回の取材で、先進企業は顧客に不快感を与えないために、個人情報の「収集」・「活用」・「蓄積」の三つにおいて様々な工夫を凝らしていることが浮き彫りになった。

図2●JCBのサンプリングによるセグメント分け。全会員から詳細な情報を収集するのはプライバシ保護やコストの面で問題があるため、一定母数の会員を抽出し、承諾を得たうえでアンケート調査を実施している

“感情”を配慮して情報を収集

 顧客情報を集める際の大前提は「利用目的を明確にすること」である。顧客の多くは、自分の個人情報が何に使われるのかを心配する。注文の受け付けであれ、会員登録やアンケートであれ、企業はそこで得る個人情報を何に利用するのかをあらかじめ明示し、顧客の不安をぬぐわなければならない。このことは、現在検討されている個人情報保護法案の基本原則にものっとっている。おろそかにしてはいけない。

 ただし、利用目的を明らかにすれば何をしてもよいかというと、そうではない。企業としては、顧客から様々な情報をできるだけ多く収集して活用したいのが本音。しかし、法に沿っているからといって闇雲に収集を行えば、顧客から感情面で反発を買うだけだろう。

 顧客の感情を配慮して情報収集するには、例えば二つの方法がある。一つは、承諾を得た一部の顧客からデリケートな情報を聞き出し、それを全体に生かす方法。もう一つは、さほど重要ではない情報で、それを聞くことが顧客に不快感を与える可能性があるものは、思い切って聞かないという方法だ。

限られた情報から効果を生み出す

 JCBは顧客情報を分析する際に、顧客ごとの価値観や好みまでデータとして取り入れている。しかし、JCBの全会員からこうした情報を収集しようとすると、プライバシの面で問題があるし、もちろんコストも高くつく。そこで同社が実践しているのが、「サンプリングによるセグメント分け」である(図2)。

 具体的には、JCBの会員からまず一定の母数をサンプリングする。次に、サンプリングした会員の一人ひとりに趣旨を説明し、承諾を得てからアンケートを行う。アンケートは社会心理学に基づく約50の質問からなり、顧客の価値観や好み、商品に対する考え方などを浮かび上がらせるようになっている。

 続いてアンケートの分析結果を基に、サンプリングした会員をセグメント(顧客の層)に分ける。各セグメントに属する会員と購買履歴が似ている他の会員(アンケート対象外の会員)は、価値観や行動パターンが同じと推定し、全会員のセグメント分けを試みる。

 JCBはこのような工夫をすることで、仮にダイレクトメールでデジタルカメラを勧める場合、「機能や性能を重んじる」という価値観の人には「画素数が多いですよ」とスペックの高さを強調し、「家族を大事にしたい」という価値観の人には「このカメラなら子供の表情がきれいに撮れますよ」というように、「より顧客に合ったマーケティングが可能になった」(仲岡部長)。また、いくつかのセグメントに対し、キャンペーンへの登録などを勧める合計35の企画を実施したところ、対象とした顧客の3分の1から好意的な反応があった。これは、セグメント分けしない場合に比べ、極めて高い反応率だという。


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 今回の特集は顧客情報について取材しました。取材を通して私が受けた印象は、どの企業も「顧客情報の管理はしっかりやっている」ということを、外にアピールしていないことでした。企業の担当者の方は皆さん口を揃えて、「当たり前のことを当たり前にやっているだけですから」とおっしゃいます。しかし、顧客にしっかりとアピールすることは重要ではないでしょうか。

 管理をしっかりしていることをアピールする理由は、顧客に安心感を与えることだけが目的ではありません。社員への抑止力にもなるのです。

 先日も某証券会社で顧客名簿の流出が発覚したように、内部犯行と思われる情報漏えいが絶えません。しかし、このようなモラル低下が引き起こす事件で企業が揺さぶられてはたまりません。この特集が顧客情報の取り扱いについて改めて考え直すきっかけになれば幸いです。(松浦)