ごま粒大のICチップが、顧客サービスに“革命”を起こそうとしている。売上高の劇的向上を狙って、アトリエサブ、春雪さぶーる、オンワード樫山などの企業が一斉に動き出した。

(栗原 雅)


本記事は日経コンピュータ2002年10月21日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 「ICタグをできるだけ早く本格的に活用して、売上高を向上させたい」。アパレル大手の米ギャップでプロジェクトマネジメント・ディレクタを務めるネコー・キャン氏はこう明言する。9月4日、英ケンブリッジで開催された「Smart Labels 2002)」でのことだ。

 キャン氏がICタグの利用で期待しているのは、販売機会の損失を排除できること。商品の販売機会を失うのは品切れが発生したときだけではない。「顧客が商品を試着していたために店頭の棚から商品がなくなり、その間に来店した顧客に対して販売機会を損失する可能性もある」(キャン氏)。ギャップはICタグを使うことで、こうしたケースでも販売機会の損失を防止できると見込む。結果的に、顧客サービスの向上と売上高アップの両方につながるというわけだ。

図1●ICタグが実現する“究極”の顧客サービス

 ICタグとは、“ごま粒大”のICチップと無線通信用のアンテナからなる超小型の装置のこと図1[拡大表示])。その名の通り、タグ(荷札)として個々の商品に取り付ける。このICタグに商品のサイズや色、価格、固有のID(識別子)などの情報を格納しておけば、これまでは困難だった真の意味での「単品管理」を実現できる。店頭の棚から商品が持ち出されたことを察知して、すぐに倉庫にある在庫を店頭の棚に並べるといったことが可能になる。

 大げさに言えば、ICタグは売上高の低迷に悩む企業にとって“救世主”となり得る。徹底した単品管理を実現することで、店舗ごとの顧客層に応じた売れ筋の品ぞろえを充実させる、店舗のレイアウトを顧客が商品を購入しやすいように最適化する、商品の品質保証を徹底する、顧客が欲しいと思う商品を切らさない、といった“究極”の顧客サービスを実現できるからだ。

 海外の動きと軌を一にして、国内でも顧客サービス向上を主眼に置いたICタグの実用化が始まっている。中堅アパレル会社のアトリエサブは10月中にも、百貨店に出店している店舗でICタグの本格活用を開始する。アパレル大手のオンワード樫山は来春にも、主力ブランドを扱う直営店でICタグを本格導入する。いずれも、商品管理の精度を高めるとともに、売れ筋の品ぞろえを充実させて顧客満足度の向上を狙う。

 北海道の食料品メーカーである春雪さぶーるは年内に、ICタグを活用した商品管理システムの実証実験を開始。生ハムの原材料や微生物検査結果など、生産工程で得られるさまざまな情報をICタグに書き込んで品質保証に役立てる。

 本誌は昨年10月、ICタグが10年後の強い情報システムを構成する主要技術だと考え、その活用方法をいち早く提案した(2001年10月22日号38ページの特集「10年後の『強い』システム」を参照)。ICタグを活用したシステムを実用化する動きは、このときの予想をはるかに上回る勢いで広がっている。「ICタグ1個当たり100円前後と、十分に実用に使える価格帯になった」(アトリエサブの富田洋一取締役)ことも拍車をかけている。シャープと三菱商事が合弁で設立したICタグの専門商社、日本アールエフソリューションの鈴木一行社長は「2~3年後には国内のあちこちでICタグの導入事例が出てくるだろう」と予言する。

ICタグの仕組み

 ICタグは、銅やアルミニウムといった金属製の配線と、情報を保持する小型のICチップで構成する装置の総称である。アンテナや電波を発信する機能を備える「リーダー/ライター」と呼ぶ装置を使って、ICチップに情報を書き込んだり、保持しているデータを読み取る。ICタグは、リーダー/ライターと無線で通信することから「RFID(Radio Frequency ID)タグ」と呼ぶことも多い。「ID」と付いているのは、すべてのICタグが固有のID(識別子)を持つためである。

図A●ICタグの情報を読み取る仕組み
ICタグはコイル状のアンテナでリーダー/ライターが発信する電波を受信することにより、電力の供給を受けて、リーダー/ライターとデータをやり取りする

 ICタグを使った製品の分かりやすい例としては、JR東日本の「Suica」がある。Suicaはプラスチック製のカードにICタグを内蔵しており、自動改札機が備えるリーダー/ライターと近距離通信を行う。入札の際にはSuicaに内蔵したICタグのICチップが保持している金額のデータなどを読み取り、出札時には所定の運賃を差し引いたデータをICチップに書き込む。

 近距離通信の際には135KHzか13.56 MHz、2.45GHzの周波数帯のいずれかを使用する。主流と見られているのは13.56 MHz帯である。ISO(国際標準化機構)は13.56MHz帯を使ったデータ伝送方式に関する標準化を積極的に進めている。JR東日本のSuicaも13.56MHz帯を使っている。

 ICタグには電源を備えるものと、持たないものがある。13.56MHz帯の電波を使用するICタグは通常、電源を持たない。このため、ICタグ単独では電波を発信しない。データを読み書きする際にはコイル状の金属配線をアンテナとして利用することで、リーダー/ライターから電力の供給を受ける。

 具体的には、リーダー/ライターが発信する電波をコイル状のアンテナで受信する(図A[拡大表示])。するとICタグの周辺に電界ができ、電界内にあるコイル状のアンテナの両端に電位差が生じて電流が発生する。ICタグに電流が流れてICチップの情報を読み取れる状態になると、リーダー/ライターは電界の範囲内でICタグと通信する。通信可能な距離は、13.56MHz帯を使用するICタグで最大30センチ程度。

 13.56MHz帯を使用するICタグが保持できるデータ量は1k~4kビット。書き込みは約10万回、読み取りはICタグが破損しない限り半永久的に行える。


商品の動きを漏らさずつかめ

 “究極”の顧客サービスに向けて進み始めた東京・渋谷にある中堅アパレル企業のアトリエサブ、北海道の食料品メーカーの春雪さぶーる、アパレル大手のオンワード樫山の事例をみていく。最初の一歩は、ICタグを活用した商品管理システムを導入すること。店舗において、個々の商品の動きを漏らさず把握することが狙いだ。

アトリエサブ
●売れ筋を見極める

図2●ICタグを活用するアトリエサブの店舗の将来像
 アトリエサブは今年10月中にも、ICタグを活用した商品管理システムを導入する。主力店舗である大丸東京店の商品一つひとつに、商品番号やサイズ、色、価格などを記録したICタグを取り付ける(図2[拡大表示])。店舗の商品棚やレジ、倉庫の出入り口には、「リーダー/ライター」を設置。リーダー/ライターは、ICタグの情報を読み取ったり、ICタグに情報を書き込む装置である。

 商品を棚に置くと、リーダー/ライターはその商品に付けられたICタグの情報を自動的に読み取る。そして、その情報をケーブルで接続してあるパソコンに送る。商品を棚から取り出すと、リーダー/ライターはICタグの情報を読み取れなくなるので、「商品が移動された」ことが分かる。

 こうした仕組みによって、アトリエサブは店舗における商品一つひとつの動きを把握できるようになる。例えば、「黒いセーターは商品棚からすぐにレジに持ってこられた」、「青いカーディガンは商品棚から取り出してしばらくすると、また同じ商品棚に戻された」、「赤いブラウスは商品棚に置かれたままだった」といった動きをつかめる。

 その結果、商品を発売してから短期間で、かつ正確に売れ筋商品を見極め、店舗の品ぞろえを強化することが可能になる。店舗における商品の動きから、「黒いセーターは売れ筋商品だ」、「青いカーディガンは今は売れていないが、売れ筋商品になる可能性が高い」、「赤いブラウスは売れ筋商品になる可能性が極めて低い」などと判断できるからである。


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 ICタグ関連の国際会議「Smart Labels 2002」を取材するため、9月4日~5日に英国ケンブリッジに行きました。2日間の取材を終えて記者が受けた印象は、「ICタグの活用において、日本企業と欧米企業との間に差はない。だが、ICタグの最新動向の情報を入手しようとする意気込みは欧米企業が上」というものです。

 こうした印象を受けた理由は、日本からの参加者が少なかったからです。Smart Labels 2002には、約20カ国からベンダーやユーザー企業の社員など230人以上が集まりました。しかし、その中に日本人はほとんどいませんでした。記者を含めて4~5人でした。

 このままでは、いずれ、ICタグの活用において欧米企業と日本企業との間に大きな差ができてしまうかもしれません。日本に届く最新情報の量が、欧米に比べて少なくなると考えられるからです。(栗原)