IT Doesn't Matter(ITは経営にとって、もはや重要ではない)――いまユーザー企業の間で、「積極的に情報システムに投資してきた割に、期待ほど経営に役立っていない」との疑念が広がっている。情報システムは本当に経営に貢献しうるのか。主要企業50社への徹底取材と、上場企業1600社の経営者向け調査を通じて検証する。

(戸川 尚樹、目次 康男)

ユーザー企業に蔓延する「情報化疲れ」
変革の軌跡――JR東日本、JTB、リコー
独自調査 経営者の情報化意識
システムで会社に活力を!


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2005年6月13日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。


 2003年5月、米国の有力経営誌である『ハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された1本の論文が、IT業界に衝撃を与えた。タイトルはIT Doesn't Matter(ITは経営にとって、もはや重要ではない)。「米国企業は、ITに多額の投資を続けてきた。だが日用品となったITに、もはや大した意味はない。競争力や収益力とITは無関係」といった骨子である。

図1●IT Doesn't Matterの主な内容

 IT業界の有力企業はこれに対し、即座に反論。「(論文の内容は)くだらない」(米マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEO=最高経営責任者)、「(主張は)完全に間違っている」(米ヒューレット・パッカードのカーリー・フィオリーナCEO、当時)などである。だが、論文はむしろ好意的に受け入れられた。膨大なIT投資を敢行してきた多くの米国ユーザー企業がそれとなく抱いていた問題意識を、ズバリ言い当てていたからである。

 翻って日本では、今年4月に論文を基にした書籍の邦訳『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』(ニコラス・G・カー著、ランダムハウス講談社)が出版されたばかり。正面切って「ITは重要ではない」とする論調は、今のところ目立ってはいない。しかし安心するのは早計だ。

「IT投資疲れ」の空気を感じる

 「相当額を投じたシステムが、期待したほど役立たないと思うケースはある。システムが経営にどれだけ貢献しているのか、正直、よく分からない」(テンプスタッフの篠原欣子社長)。

図2●経営者の情報システムに対する意識

 同様の意見は必ずしも少数派とは言い切れない。日本のユーザー企業の経営トップやCIO(最高情報責任者)に取材すると、「営業支援や生産管理にシステムは欠かせない。しかし投資に見合う効果があるかというと、疑問もある」との声が数多く聞かれる。

 40年以上企業の情報化に関するコンサルティングを手がけてきたミネルヴァの三森定道社長は、「多くの企業の経営トップは、先陣を切って新しいシステムを構築したり、最新技術を採用することに躊躇しているようだ。周囲に失敗事例があまりにも多いため、特に費用が数億円になると決断を先送りする傾向が強い。“IT投資疲れ”の空気さえ感じる」。

 実際のところはどうか。これを調べるため、本誌は東証一部上場企業の経営者にアンケート調査を実施した。ここでは「経営にとって情報システムは欠かせない存在である」との回答が8割に達した。日本では“IT Does Matter”が実態であるように思える結果だ。

依然として「効率化のツール」

 ところが、「情報システムがどの程度役立っていると思うか」を尋ねてみると、別の結果が浮かび上がる。経営者が「役立っている」と回答したのは、昔からある「業務の効率化」が58.2%と最も高い。最近のITのうたい文句である「顧客サービスの向上」は31.5%、「新しい製品やサービスの企画・開発力の強化」は13.5%と、総じて低いのだ。

 ミネルヴァの三森社長は、「この結果は、情報システムの活用が必ずしも企業の成長に寄与していないと、経営者の多くが感じている証拠」と分析する。アクサ生命保険の池原進CIOも、「システムは戦略的な価値などなく、合理化にしか威力を発揮しないという経営者の意識が表れているのかもしれない」と話す。

 実際、調査会社のガートナー ジャパンが昨年8月に、国内ユーザー企業のIT投資効果の実態を調査したところ、IT投資の経営への効果が「期待通り/期待以上」と回答したのはわずか7.2%。となれば「IT投資疲れ」がユーザー企業に蔓延していても不思議ではない。

 こうした実情を踏まえると、米国で受け入れられたのと同様、日本でもIT Doesn't Matterが急浮上する可能性は高い。つまり、ユーザー企業はシステムを合理化の道具と割り切る。ITで先行するのではなく、他社に追随すれば十分。リスクをとったり、巨額の投資をするのは無謀、といった考え方だ。だが本当にそれは正しいことなのか。結論を下す前に、まずはJR東日本、JTB、リコーの取り組みを見てほしい。


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