現場 復旧の前段階で立ち往生、被災地で続出した誤算
備え リスク分析とテストで投資対効果を高める


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2005年2月7日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 「え、使えないのか」――。2004年10月23日、土曜日の午後5時56分、新潟県小千谷市を中心とした中越地方をマグニチュード6.8、最大震度7の地震が襲った。このときに被災した森永乳業の木村康二 執行役員情報システム部長は、業務の再開に際して、思いもよらぬ問題に頭を悩ませた。

 新潟県長岡市にある関連会社の工場や物流拠点が使用不能になるほどの被害を受けた同社だが、翌日の日曜日には代替拠点を確保していた。拠点の切り替えを想定した、業務とシステム両面での定期的な訓練を、数年前から続けてきたおかげだった。

 なんとか月曜日からの業務を止めずに済むと思ったのも束の間、現場から「システムが使えない」との連絡が入った。システムは神奈川県のデータセンターで一括管理していたので、いつでも切り替えられた。だが、システムに接続するためのパソコンと通信回線がなかったのだ。長岡の拠点が小規模なこともあり、訓練での想定条件と実際の状況が異なっていたのが原因だった。

 きちんと災害対策は立てていたのに、想定外の事態発生で苦労する――。こうした経験をしたのは、森永乳業だけではない。

 長岡市に本店を構える北越銀行は、耐震構造のデータセンターにシステムを置き、災害に備えていた。今回も日ごろの訓練通りに作業を進め、システムを早期復旧させた。自家発電装置で電源も問題ない。ところが、誤算があった。データセンターは、室内の温度と湿度を一定に保たねばならない。同行の場合、加湿のために1日1トンもの水を必要とする。「当然、貯水していたが、何日も断水が続くことまでは想定していなかった」(樺澤隆一事務統括部システム管理課課長)。加湿できなくなればシステムが壊れかねないという危機に陥ったのである。

机上の空論では役に立たない

 地震や火事などの災害時に業務を継続できるよう事前事後策を定めた「業務継続計画(ビジネス・コンティニュイティ・プラン、BCP)」を作る企業は多い。だが、通り一遍の計画では役に立たない。「実際の災害では、何が起こるかわからない」(10年前の阪神・淡路大震災で被災した住友ゴム工業の菅原啓介総合企画部部長 情報システム統括)からだ。

 災害対策に力を入れていた森永乳業や北越銀行でさえ、いくつもの想定外のことが発生し、計画通りにいかない事態になった。ましてや「トップに言われたので策定した」程度の業務継続計画では、実効性を期待できない。実際、そのような計画しか持っていなかった企業の多くは、新潟県中越地震で、長期間の業務停止を余儀なくされた。

図1●“机上の業務継続計画”では現実の災害に対処できない
 ここで図1[拡大表示]の左段を見てほしい。災害発生から業務再開に至るまでを11のステップに分け、対策を示したものである。一見、これで業務を継続できそうに思える。しかし、いざ災害が起きた時は社員と連絡を取ること自体が困難なケースが多い。現地に対策本部を設置したくても、建物が崩壊していては入ることすらできない。結局、各項目を実行するための具体策まで落とし込んでいなければ、意味がない。

 こうした点で今こそ、災害対策が机上の空論になっていないかを見直す時期にきている。すなわち災害時のリスクを把握し、策定後もレビューやテストを実施する。そうして計画の穴を発見し、ブラッシュアップしなければならない。

 すでに取り組んでいる企業もある。東海・東南海地震が起きれば大きな被害を受けることが予想されるINAXやミツカン グループは、災害対策の改善を続けている。今回の中越地震でも現地の情報を収集し、緊急時の連絡体制などを見直した。業務継続計画策定の専門家であるKPMGビジネスアシュアランスの堀越繁明シニア マネージャーも、「昨年末から、本当に実効性のある災害対策を求めて業務継続計画を見直す企業が増えている」と証言する。

システムなしの業務遂行は難しい

 実効性の高い災害対策の策定では、システム面の考慮が欠かせない。いざとなれば紙と人手でやればいいからと、システム復旧の優先順位は低いと考える向きもあろう。確かに、システムなしでも行える業務はある。だが、もはやシステムを使わずにすべての業務を遂行できる時代ではない。

 例えば、阪神・淡路大震災でシステムが全壊し、1カ月間すべてのシステムが使えなかった住友ゴム。菅原部長は、「紙だけで受注を受けるなんて絶対に無理」と言い切る。

 当時、本社は被災したものの製品の在庫はあり、神戸以外の工場ではタイヤを製造し続けていた。本社の受注担当者は、システムで在庫を確認できないために全国の物流拠点に散らばり、実際の製品を見ながら注文を受けた。「泊り込みで注文を受け続けたが、システムがない状態では業務が追いつかず、売り上げが全く立たなかった」(菅原部長)。

 だからといって、すべてのシステムを冗長化するわけにはいかない。どのシステムが必須かを見極め、費用対効果を考えて対策を立てることが重要だ。

被災企業、先行企業に学ぶ

 本特集では、新潟県中越地震だけではなく、1995年1月の阪神・淡路大震災、2001年9月の米国同時多発テロ、2004年7月の新潟・福島豪雨、同月の福井豪雨といった、昨今の災害・テロでの事例を基に、多くの企業が遭遇し得る事態を明らかにし、対策を探った。

 Part1では、災害発生から業務再開までの流れを4段階に分け、それぞれで実際に起きた“想定外”の問題を解説する(図1)。電話が全くつながらず社員との連絡すらままならない、建物に入れず復旧作業が進められないなど、一つひとつは小さいが、業務継続という観点からは重要な問題が噴出していることを理解していただけるはずだ。

 Part2では、Part1で説明した想定外の問題を事前に防止するために、システム部門が何をすべきかを示す。本当の意味で実践的な災害対策を追求している企業は、業務や災害のリスクを分析したうえで対策を練り、策定後も定期的にテストをしたり、他社の事例を調べたりして見直しをかけている。全社的な災害対策のなかで、システム部門が果たすべき役割を把握し、システム面での災害対策を考える一助にしてほしい。

(鈴木 孝知=日経ソリューションビジネス)


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