システムの開発が進まない、完成したはずのシステムがきちんと動かず、業務に重大な支障をきたす。いわゆる「動かないコンピュータ」を経験した企業は少なくないだろう。その、動かないコンピュータに最近、一つの変化が見られる。当事者間で問題を解決できず、裁判で決着をつけるケースが増えているのだ。動かないコンピュータはなぜ生まれ、どうして裁判にいたることになったのか。実例を徹底取材し、トラブルの実態とその対策を探った。

(広岡 延隆、中村 建助)

開発難航編 開発費を巡る対立が泥沼化、安易な確認、検収がトラブルを拡大
システム障害編 不具合やミスから問題が発生、トラブルが長期化して訴訟に
鉄則編 最悪の事態を避ける7カ条、状況を把握し万が一を想定せよ


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2004年10月18日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

 今年9月9日15時30分、東京地方裁判所では、サービスウェア・コーポレーションが、委託業務料の支払いを求めてシステム・インテグレータのさくら情報システムを訴えた裁判が開かれていた。

 両社の裁判の背景にあるのは、2002年8月にコンビニエンス・ストア大手のローソンがサービスを開始した会員制カード「ローソンパス」の発行を巡るトラブルだ。ローソンは、申し込みから2週間程度でローソンパスを発行することをうたい文句の一つに、会員を募集した。だが、ローソンパスの入会申込書の処理作業が遅れ、15万人以上の会員に対してカードの発行期間が2週間を大きく超えてしまった。

 カードを発行していたローソン・シーエス・カードは、カードの発行が大きく遅れた会員に対して詫び状と500円分の商品券を送り、さらに一人ひとりに300円相当のポイントを付与。対応にかかった金額は巨額なものとなった。

 実際のカード業務を手がけるクレディセゾンを経由してローソンパスの入会申込者の処理業務を請け負っていたさくら情報は、責任を取る形でローソンに9200万円弱を支払った。一方で、さくら情報は受付処理業務を再委託していたサービスウェア・コーポレーションに対して、当初予定していた業務委託料を大きく減額して支払った。同社の作業の遅れがトラブルを引き起こしたとして、トラブル対応にかかった費用を差し引くなどしたからだ。

 だが、サービスウェア・コーポレーションから見れば、さくら情報が作成した申込書の書式の不備などで、業務量が増えたために作業が遅れたのであり、自社はきちんと作業を進めていた。そこで、同社はさくら情報に3億円を超す業務委託料の支払いを求めて提訴したのである。

東京地裁だけで年間20件を超す

 9月に開かれたシステム関連の裁判は東京地裁だけでもほかにある。例えば7日には、墓地・墓石販売のニチリョクが富士通に1億7696万7000円の支払いを求めて訴えた裁判が開かれた。

 この裁判のキッカケは、システムを富士通に委託して再構築しようとしたところ、データ移行に手間取って新しいシステムが使えなかったことだ。データ移行についてニチリョクは自ら手がける旨を契約で明記しているが、「富士通からデータ移行の難しさについてほとんど説明がなかったことと、移行支援契約を結んでいたにもかかわらずきちんと支援してくれなかったこと」を不服として訴訟に踏み切った。

 「ここ数年で、システム関連の訴訟は増えている。東京地裁に限っても、1年で20件程度の裁判が起きるようになった」と、東京地裁でコンピュータ専門の民事調停委員を務める保科好信氏は証言する。

 以前、本誌で取り上げたJTBの基幹システムの再構築を巡るビーコンインフォメーションテクノロジーとのトラブルや、インテグレータのイーシー・ワンと白銅の間のトラブルも、動かないコンピュータが裁判になったケースである。このほかにも、判決が確定したものを含めれば、その数はさらに増える。

難航する開発、突然の障害が裁判に

図1●情報システム関連のトラブルが訴訟につながる主なパターン。ユーザーとベンダーだけでなく元請けのベンダーと下請け会社の間で訴訟が起きることもある
 動かないコンピュータが裁判になる図式は2通りに分かれる([拡大表示])。

 一つは、システム開発が予定通りに進まずトラブルになり、最終的に裁判になったもの。多額の開発費を支払ったにもかかわらずシステムが完成しないことに対して、ユーザーが開発費の返還を求めてベンダーを訴えることもあれば、ベンダーがユーザーに開発費用の支払いを求めるケースもある。ユーザーとは無関係に、元請けと下請けのベンダーの間で起きる裁判もある。

 開発難航編で取り上げる白寿生科学研究所と東京NTTデータ通信システムズ、花井と帝人システムテクノロジーの訴訟はユーザーがベンダーを訴えたもの、スペースリンクとアジアパシフィックシステム総研の訴訟は元請けが下請けを訴えたケースである。

 もう一つのパターンは、すでに動いていたシステムに障害が発生し、業務に深刻な影響が発生してトラブルになったケースである。障害からの復旧費用や、場合によっては障害による機会損失などの補償を求めて裁判を起こす。

 このパターンの場合には、裁判を起こすのはユーザー企業であることが多い。システム障害編で取り上げるアルソアと三井情報開発、カイグラフィクスとスリーコムジャパン、日製産業のケースも原告はユーザーだ。

 システム開発と契約の関係に詳しい札幌スパークルの桑原里恵システム コーディネーターは、「どういった種類のトラブルであれ、必ず裁判になるわけではない。発注者と受注者の信頼関係の有無が、トラブルが小さいうちに解決するか訴訟にまで発展するかには関係している」と指摘する。

 多くの場合、当事者間で信頼関係が失われる背景には、守るべきシステム開発/運用の手順をきちんと踏まずズサンに進めており、互いの責任範囲や仕事の内容が不明瞭になってしまうといった事実がある。具体的には、正式な契約を結ばずにプロジェクトが始まったケースや、安易に検収をすませたケースである。多かれ少なかれ、動かないコンピュータが生まれる背景にはこういった事情があるが、第三者に解決をゆだねる裁判にまで至ったケースは、信頼関係の破綻がより深刻だといえる。

 今回は、動かないコンピュータが裁判にまで至った例をピックアップ。判決が確定した事例から、トラブルの背景と訴訟に至る経緯、判決確定までを追った。同時に動かないコンピュータを発生させないためには、何が重要かをトラブルの内容から分析した。


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