今年4月1日、JAL(日本航空)とJAS(日本エアシステム)が完全に経営統合を果たし、新しいJALグループが発足した。同時に、システム統合も成功裏に終了。大規模プロジェクトの歴史に名を残した。JALとJASは、IT主導による業務統合のスケジューリング、経営トップの積極的な関与などさまざまな策を打ち続け、「動かないコンピュータ」に陥るのを回避。見事、統合を実現した。2年半にわたる統合プロジェクト「Dream J」の航跡を追った。
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東京・品川区にあるJAL本社ビル20階の一室。200平方メートルもの広さの大会議室には、パソコンや電話が所狭しと並ぶ。「全社特別対策本部」と大きく書かれた紙が張り出された壁の反対側には、三つのスクリーンが設置されていた。
4月1日木曜日の早朝、この日最初の国内線、6時30分羽田発札幌行きJL1001便と、同福岡行きJL1701便がまさに飛び立とうとしていた。特別対策本部のスクリーンが、特殊自動車に引かれて機体がスポット(駐機場)を離れる「プッシュバック」の様子を映し出す。そして両便はテイクオフ。固唾かたずをのんでスクリーンに見入っていた20数人からは、だれからともなく拍手がわき起こった。日本航空(JAL)と日本エアシステム(JAS)の経営統合に伴って統合したシステムが、本稼働した瞬間である。
JAL/JASは今回のシステム統合に、2年半の年月と、開発費用だけで130億円(本誌推定)、ハードウエアなどを含めば250億円(同)もの巨費を投じた。工数は1万2000人月にも及ぶ。国内金融機関のシステム統合に勝るとも劣らない巨大プロジェクトである。
大企業同士の経営統合をITが主導
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図1●JAL/JAS統合後のシステム概要図。基本的には旧JAL側のシステムへ片寄せする |
これだけの大企業の経営統合が実は、「IT主導型」と言っても過言ではないほどシステム面を考えて進められたことは、あまり知られていない。同グループのCEO(最高経営責任者)を務める兼子勲が、自らシステム統合プロジェクト責任者に就くという異例の体制を採った。経営統合にかかわる事項は、リードタイムが必要なシステム側の都合を第一に考えて決定された。
兼子は、「情報システムは企業の神経系だ。当社の場合、システム統合の失敗は、飛行機の安全な運航やお客様へのサービス提供に影響する。だからこそ、トップが自ら進んで統合の旗を振るべきだ」と言い切る。
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図2●「動かないコンピュータ」撲滅のための10カ条。JAL/JASシステム統合は、10カ条をほぼ、クリアしている |
それでも、国内航空市場のシェア2割を占め、年間に約2000万人の乗客を日本各地に運んでいたJASのシステムを統合する作業は半端な量ではない。国内線について言えば処理件数は2倍に増える。不具合が生じれば飛行機運航の“安全”を脅かしかねないだけに、手を加えていない機能を含めた徹底的なシステム・テストが不可欠である。
危機はいく度も訪れた。JALとJASは同じ航空会社とはいえ、業務を詳細にみると大きく異なる。ユーザー部門には通常業務のかたわらで統合に協力してもらわねばならず、しかも、各分野のプロは多いが全業務を横断的に把握する人材は少ない。数多くの大規模システムを保守・運用してきたJAL/ JASだが、複数のシステムを一度にテストする経験もノウハウも、持ち合わせていなかった。
一部機能の開発の遅れ、テスト・シナリオ作成の苦悩など、プロジェクトのメンバーの前にはさまざまな壁が立ちはだかった。しかしIT部門、ユーザー部門、開発ベンダーの一丸となった努力により巻き返した。
図2[拡大表示]は、みずほフィナンシャルグループが2002年4月に引き起こしたシステム障害に対し、本誌が緊急出版した書籍の中で示した、『「動かないコンピュータ」撲滅のための10カ条』である。JAL/JASのシステム統合プロジェクト「Dream J」は、この10カ条のうちの多くを満たしていたからこそ、数々の試練をクリアできた。その2年半の“航跡”を追った。(文中敬称略)
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