日本のソフトハウスに、かつてない淘汰の波が押し寄せている。事業所数は6年連続減少、倒産件数は2000年以降増加の一途をたどる。特に苦しいのは札幌や大阪、仙台などの地方都市だ。仕事の絶対量が少ないうえに、根強く残る下請け構造に悩まされている。ソフトハウスは例外なく、淘汰されないための方策を本気で考えるべき時期に来ている。全国30社への徹底取材を通じて、危機の構図と脱却への指針を提示する。

(矢口 竜太郎、松浦 龍夫、田中 淳)

Part1 実態 逆境に直面する地方
Part2 分析 根強い苦境の構図
Part3 挑戦 勝ち残りの3カ条


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2004年5月3日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

【分析】 根深い苦境の構図

景気が回復基調に転じ、IT業界に復調のきざしが見え始めた。だがソフトハウスに淘汰の波が本格的に押し寄せるのは、まさにこれから。特に地方は、一層の苦境に立たされかねない。ソフトハウスは淘汰を待つか、生き残りをかけて変革するか決断を迫られている。

 8兆3000億円、7297社――日本の「ソフトハウス」の総売上高と事業所数である。ここでいうソフトハウスとは、ソフトの受託開発やソフト製品の開発を主業務とする企業を指す。1社当たりの平均売上高は11億4000万円で、中小規模の企業が多いことがわかる。そのほとんどは、大手のコンピュータ・メーカーあるいはシステム・インテグレータからの仕事を受ける、いわゆる下請けである。

 ソフトハウスの最大の特徴は、“人”に依存するビジネスであることだ。起業するにあたり、設備投資はほとんどいらない。極論すれば、エンジニアさえ確保できれば会社を立ち上げられる。ほとんどの場合、売り上げを「何人の要員が何カ月作業をしたか」を表す人月単価で計算するのも、まさに人ありきだからである。

 人に依存することは、経営基盤のぜい弱さにつながる。東京商工リサーチの棚瀬桜子情報事業統括本部TSR経済研究室長は、「ソフトハウスは担保がないために、常に銀行からの融資が止まるリスクを抱えている」と指摘する。ソフトハウスの動向に詳しい日本情報技術取引所(JIET)の二上秀昭理事長は、「年間11カ月仕事があっても、1カ月仕事がなくなれば利益が出なくなるのがソフトハウス」と話す。

短納期化、中国の台頭で苦境に

 たとえ経営基盤が弱く、下請けに甘んじていたとしても、従来ならよほどのことがない限り、生き延びることができた。実際、ソフトハウスを取り巻く業界の構造は20年以上基本的に変わっていない。

 ところがここに来て、様相が変わり始めた。ソフトハウス淘汰の波が押し寄せているのだ。多くのソフトハウスが「2000年以降、状況は厳しくなっている」と異口同音に語る。

図1●地方ソフトハウスが苦境に陥る構図
 なぜソフトハウスは苦境に陥っているのか。主な要因は三つ挙げられる(図1[拡大表示])。第1に、システム開発案件の短納期化。仙台のソフトハウス、インタークラフトの水野晋一代表取締役は「COBOLによる開発が全盛の時代には、開発期間が1年は当たり前。今はJavaによる開発が中心で、開発期間は3カ月が原則」と話す。数カ月単位の案件が増えると、ソフトハウスの収入が不安定になる。首都圏コンピュータ技術者協同組合の横尾良明理事長は「ソフト業界が“季節産業”になりつつある」とみる。「期末の3月をピークに仕事量が増え、5、6月は閑古鳥が鳴く傾向が年々顕著になっている」(同)。

 第2の要因は、中国などアジア諸国のソフトハウスの進出が本格化し始めたこと。これはエンジニアの単価下落に直接つながる。本誌の取材では、中国のプログラマの単価は20万~30万円程度。これに引きずられる形で国内のソフトハウスに対する単価が下がっている。特に東京以外の地方では、単価下落の傾向が強い。本誌の調べでは、SEで50万~70万円、プログラマで40万円前後が中心になる。

 もう一つの要因は、大手のコンピュータ・メーカーやシステム・インテグレータといった発注元の業績が悪化していることだ。これらの発注元がコスト削減のため、ここ数年で外注費のカットに踏み切っている。

 もちろん、「発注元が提示する悪条件を飲めば、なんとか食べていくことはできる」(アイザック関西支社の吉田守支社長代理)のも事実である。ただ、一度悪条件を飲んでしまうと、どんどん単価は下がり、労働条件が過酷になるという悪循環に陥りかねない。

下請け構造がより根強い地方企業

 以上説明した三つの要因は、全国のソフトハウスに当てはまる。これだけでも苦しいのに、東京以外のソフトハウスは、さらに苦しい状況に追い込まれているのが現状である。

図2●東京の情報サービス事業所数は全体の3割だが、売上高は6割を占める特定サービス産業実態調査(2002年)を基に本誌作成
 まず、東京と比べると地方は仕事の絶対量が少ない。経済産業省が毎年発表している特定サービス産業実態調査によれば、全国の情報サービス企業の7644事業所のうち、東京に本社を置くのは約3分の1(図2[拡大表示])。ところが売上高を見ると、東京の占める割合は約6割になる。東京にソフトハウスの仕事が集中していることを表す一例といえよう。

 しかも、東京と地方の差は年々開く傾向にある。2000年度は、東京都と東京都以外の地域における1事業所当たり売上高の差は約16億円だったが、2002年度には約26億円に広がった。

 地方が苦しい二つ目の理由として、東京の大手ベンダーの下請け業務が多いことが挙げられる。「実際の開発は地元のソフトハウスが担当しているのに、最も利益率がよい元請けは東京のベンダーなので、売り上げは東京に立つというケースが多い」。福岡県情報サービス産業協会会長を務める、ビーシーシーの冨田峰雄社長はこう嘆く。他の地方でも同様の問題は日常茶飯事だ。

 一方で、北海道ソフトウェア事業協同組合理事長を務める、札幌オフィスコンピューターの朝倉幹雄代表取締役は「地元企業からの案件が少ないため、それに限ると1~2カ月先の仕事さえ読めなくなる。どうしても大手の下請けを引き受けざるを得ない」と地方のつらさを漏らす。

必要な人材が集まらない

 地方が苦しい三つ目の理由は、東京に比べて必要な人材を集めづらいことだ。「いい人材は大学時代から東京に出て行ってしまう。地元で募集してもなかなか集まらない」。岐阜のソフトハウス、電算システムの宮地正直社長はこう訴える。

図3●東京の情報サービス事業所数は全体の3割だが、売上高は6割を占める特定サービス産業実態調査(2002年)を基に本誌作成
 財務基盤があまり強くないソフトハウスのなかでも、地方の企業の弱さは際だつ。東京以外の都道府県の情報サービス産業1事業所当たり売上高は約7億円。収益力が弱いために、研修費に回す余裕がないほど人件費率が高い。年間売上高10億円以下の企業では、1人当たりの研修費用は年間わずか1万7000円(図3[拡大表示])。これでは人を採用してから教育するのもままならない。

 地方で優秀な人材を育てようという試みは、自治体などを中心に以前からなされてきた。しかし現状では、もくろみ通りになっているとは言いがたい。

 その象徴的な例は、昨年12月にソフトウェアセンターを全国で初めて清算に踏み切った新潟県である。「累積損失が小さいうちに撤退を決断した」と、新潟県産業労働部産業振興課の中野誠副参事は理由を語る。

 ソフトウェアセンターは、第3セクター方式で都道府県ごとに作られたプログラマの育成機関。1989年に制定された「地域ソフトウェア供給力開発事業推進臨時措置法(地域ソフト法)」を基に、全国20カ所に設立された。

 新潟ソフトウェアセンターは1993年5月、全国で17番目のソフトウェアセンターとして誕生した。95年から、教育による収入とテナント収入を柱に事業を開始した。ところが「単年度黒字を計上することもあったが、ほとんどは赤字だった」(中野副参事)。企業からの教育依頼の需要が、県が思っていたほどは多くなかったからだ。

 もう一つの誤算は、企業が求める人材像が変化したこと。地域ソフト法はプログラマの育成に主眼を置く。ところが企業は単なるプログラマではなく、業務に精通しているSEやプロジェクトを統括できるマネジャを求めるようになった。「センターは、地域ソフト法で定められた目的以外では事業を展開できない。第3セクターでは限界」(中野副参事)。教育事業からの収入はさらに先細っていく。

 こうして新潟ソフトウェアセンターは昨年3月末、清算を決定した。累積損失は1億9000万円。県の負担は3億6000万円になった。

自社の存在意義を見直せ

 情報サービス産業の倒産件数を見ると、2000年以降、増加の一途をたどっている。「情報サービス産業といっても、倒産している会社はソフトハウスがほとんど」と、東京商工リサーチの棚瀬室長は説明する。

 特に地方に多い中小ソフトハウスは厳しい。昨年の倒産件数のうち、半数以上は売上高1億円未満の中小企業である。

 景気低迷が底を打ち、大手ベンダーの業績が回復基調にある今後、一時的にソフトハウスの倒産件数は減る可能性がある。大手からの発注量が上がれば、ソフトハウスの多くは生き延びることができるからだ。

 それでも、下請け構造をはじめとする危機の構図に何ら変わりはない。それどころか、目先の回復ぶりに目を奪われて、ソフトハウス業界は10年後を見据えた改革のチャンスをみすみす逃してしまう恐れが出てくる。それこそがソフトハウスの真の危機であるとの見方もできよう。

 長期的にみれば、もはや日本のソフトハウスの淘汰は避けられない。技術的な強みをもたず、人を大切にせず、大手ベンダーの下請けに甘んじているだけのソフトハウスなら、淘汰の波に飲み込まれたほうが、むしろ業界は健全になるという声も出ているほどだ。大手のメーカーやシステム・インテグレータは「力のない協力会社の淘汰はやむを得ない」という考えを隠そうとしない。

 だからといって、すべてのソフトハウスが淘汰の波に飲み込まれてよいわけではない。ユーザー企業や大手コンピュータ・メーカー、大手システム・インテグレータにとって、ソフトハウスは大事な“手足”だ。特に東京以外のユーザー企業や大手ベンダーにとって、融通のきく地場のソフトハウスは頼りになる存在である。大手が扱わない特殊な分野のアプリケーションや技術、あるいは数年先をみた先進的なソフトウエアをいち早く製品化できるのも、機敏な行動をとれる中小ソフトハウスならではのメリットだ。

 自社の存在意義とは何か。ソフトハウスの経営者が「自分の会社を10年後も生き残れるようにしたい」と考えているのであれば、大淘汰時代が始まったいまこそ、この問いに対する答えを明確にしなければならない。


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