“ぼんやり”とではあるが、その将来像が垣間見える――。2010年はこんなイメージだろう。本特集では「ユーティリティ」、「リアルタイム」、「ナレッジ」の3分野を通じて、2010年の情報システム像を描くことに挑戦した。企業は、そして個人は今後6~7年で何をすべきかを考えるキッカケとしていただきたい。

(高下 義弘、大和田 尚孝、矢口 竜太郎、田中 淳)

Part1 ユーティリティ:サーバーの姿は消え「サービス」に変貌する
Part2 リアルタイム:“ウエアラブル”が不可欠な存在に
Part3 ナレッジ:ようやく始まる真の“知識”活用
Intermission1:ITベンダー「コンセプト」比較
Intermission2:2010年に実用可能な研究は?
Intermission3:米国報告 ガートナー・シンポジウム
Interview1:YRPユビキタスネットワーキング研究所副所長 越塚登氏
Interview2:OASIS日本代表 岡部惠造氏
Interview3:チェリーベイブ代表取締役 千葉麗子氏
Interview4:英ランカスター大学名誉教授 ピーター・チェックランド氏
Interview5:米ガートナー会長兼CEO マイケル・フライシャー氏
Interview6:経済同友会代表幹事 北城恪太郎氏


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2003年12月29日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

2010年の情報システム
6つの予言

 2010年の情報システムは、いったいどのような姿になるか。本特集では六つの予言を提示する。
 これらの予言は、先進技術を研究する技術者やユーザー企業の担当者など50人以上に取材を重ねた結果を基に、本誌が検討・作成した。2010年になって、本当にこれらの予言が実現されるかは未知数だが、少なくとも方向性は間違っていないと確信する。予言のなかには、「こういう方向に向かうべきだ」との考えから、あえて挑戦的なものも含めている。

 

予言1
“わが社”のサーバーがなくなる
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2010年には、さまざまな機種のハードウエアをつなぎ合わせ、あたかも1台の巨大サーバーのように扱うことができる“仮想化したサーバー”をネットワーク経由で使う「ユーティリティ・コンピューティング」の時代が到来する。ユーザー企業は社内に自前のハードを持つ必要がなくなり、高速ネットワークを介して仮想サーバーで動く自社のアプリケーションを使うようになる。

カギとなる技術

グリッド

予言2
システム・ダウンが過去の遺物に
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ユーティリティ・コンピューティングの時代になると、「想定を超える量のアクセスが舞い込んだせいで、システムがダウンした」というたぐいのシステム・トラブルは起こり得なくなる。仮想サーバーは、業務アプリケーションの処理量に応じてシステム資源を自動的に割り当てるので、アプリケーションは好きなときに好きなだけサーバー資源を利用できるようになるからだ。

カギとなる技術

オートノミック

予言3
街行く人がHMDを身に付ける
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2010年には、ICタグやモバイル機器の発達により、情報システムが社会活動の変化をすぐさまとらえる「リアルタイム」の時代がやってくる。人々はウエアラブル・コンピュータを常時身に付けるようになる。デザイン面でも機能面でも現在よりはるかに優れているHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)によって、仕事や趣味に必要な情報をどこにいても入手できる。

カギとなる技術

ICタグ、ウエアラブル・コンピュータ

予言4
「サービス・アーキテクト」が花形職業になる
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リアルタイムの時代を実現するシステムは、Webサービスが中核技術になる。そうなると、システム構築方法が大きく変わり、企業の業務プロセス設計が実際の作業の大半を占めるようになる。この作業を担う「サービス・アーキテクト」とでも呼ぶべき職種が、花形職業となる。サービス・アーキテクトが業務プロセスを作成すると、そこからアプリケーションはほぼ自動的に生成できるようになる。

カギとなる技術

Webサービス


予言5
ひとり1台の名参謀が手に入る
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2010年にはコンピュータが賢くなり、人間の知的活動に有用なアドバイスを与える「名参謀」になる。まず、次世代Web技術であるセマンティックWebにより、インターネットは全地球を網羅する巨大な知識データベースとなる。さらに物事の本質をコンピュータで扱えるように表現する「深い」オントロジと呼ぶ技術により、コンピュータは名参謀へと進化する。

カギとなる技術

セマンティックWeb、オントロジ

予言6
要件定義で誤解がなくなる
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システム構築プロジェクトの失敗は、要件定義での誤解による場合が多い。そのような誤解が生じる根本原因は、「要は何をしたいか」をユーザー側が明確に表現できない点にある。2010年には、このような人間どうしの言葉で表しにくい“思い”をシステムで扱えるようになる。まずはコミュニケーションを支援するツールが登場し、その後、“思い”をもとに自ら行動を起こすシステムへと発展する。

カギとなる技術

SSM(ソフト・システムズ方法論)

Part1. Utility
サーバーの姿は消え
「サービス」に変貌する

サーバーは集中すべきか、分散配置がいいか迷ってしまう。システムにかかるアクセス負荷が読めず、ダウンしないか心配だ――。2010年には、ユーザー企業がこうしたハードウエアに関する議論で悩まされずにすむようになる。コンピュータの処理能力を好きなときに好きなだけ使い、使った分だけ料金を払う「ユーティリティ・コンピューティング」の時代が到来するからだ。グリッドやオートノミックなどサーバーの“仮想化”技術が大きな役割を果たす。

 システム・ダウンが心配で、年末もゆっくり休めない。ここ数年、年明けの営業初日に想定量を超えるアクセスが押し寄せるからだ。しかし、たった1日のピークのために大量のサーバーを買い足すわけにはいかない。来年も、再来年も、同じ悩みを抱えなければいけないのだろうか…」。

 インターネットでシステム同士が複雑につながり合う時代、業種を問わず多くの企業のシステム担当者が、このような悩みを抱えている。

図1-1●2010年、ハードウエア資源をネットワーク経由で利用する「ユーティリティ・コンピューティング」時代が到来する

 2010年には、これが一挙に解決される可能性が高い。さまざまな機種のハードウエアをつなぎ合わせ、あたかも1台の巨大サーバーのように扱えるユーティリティ・コンピューティングの時代が訪れるからだ(図1-1[拡大表示])。

 日進月歩のITの世界で、今から6~7年先がどうなっているのかは知りようがない。しかし今回、本誌は第一線のエンジニアや研究者、先進ユーザー企業への取材を基に、2010年のIT社会を占う六つの予言を導いた。Part1では、いま予測できる範囲でユーティリティ・コンピューティングの姿を明らかにしていく。

自前のサーバーが消える日は近い

 ユーティリティ・コンピューティングの時代が到来すると、なぜ冒頭のシステム担当者の悩みが解消できるのか。自社専用のハードウエアを持たなくてすむようになるからだ。これが予言1で示した「“わが社”のサーバーがなくなる」社会である。業務アプリケーションはすべて、ベンダーのデータセンターにある仮想サーバーで動く。

 米IBMのトーマス・J・ワトソン研究所で先進技術の研究を手がけるスティーブ・ホワイト シニア・マネジャは、「ユーティリティ・コンピューティングを実現すると、処理のピークの心配がなくなる」と予想する。システム資源は、業務アプリケーションの処理量に応じて自動的に割り当てられるからだ(ワトソン研究所の研究動向については、本誌51ページの「IBMワトソン研究所にみるIT研究最前線」を参照)。

 そうなると、システム運用の手間が減るだけでなく、システム・ダウンの減少が期待できる。少なくとも、「想定を超える量のアクセスが舞い込んだせいで、システムがダウンした」といったトラブルは起こりにくくなる。予言2の「システム・ダウンが過去の遺物に」がぐっと現実に近くなるわけだ。

 アウトソーシングやシステム共同化などにより、すでに「わが社のサーバー」を持たない企業にもメリットはある。アウトソーシング先のベンダーが顧客のシステムにユーティリティ・コンピューティングの仕組みを適用すれば、「ユーザー企業は負荷に応じてシステム規模を変更したり、従量課金制の導入でムダなハード費用をなくしたりできる」(日本IBMサービス事業担当の下野雅承常務)からだ。すでにシステムを外部に出しているので、ユーティリティ・コンピューティングへの移行もしやすい。

 もちろん2010年の時点でも、従来どおりシステムごとに自前のサーバーを持ち続けることはできる。ただ、コストや運用のしやすさの点でメリットは小さくなるだろう。

第一歩はすでに踏み出している

 ユーティリティ・コンピューティングに向けた動きはすでに見られる。例えば日本IBMは2003年11月、コンピュータ資源を必要に応じて増減できる技術基盤「ユニバーサル・マネジメント・インフラストラクチャー(UMI)」を発表した。2004年末にも、同社が運用アウトソーシングを手がけているシステムで導入する。UMIは複数台のサーバーをつなぎ合わせて一括管理するためのシステム基盤。日本IBMの下野常務は、「顧客企業は処理のピークに合わせた規模のシステムを用意しなくてすむようになる」とUMIのメリットを強調する。

 富士通も2003年12月に、コンピュータ資源をユーザー企業の要求に応じて提供する「オンデマンドアウトソーシングサービス」を始めた。NTTコムウェアも同じく12月に、「次世代マネージド・ホスティング・サービス」を開始。こうした動きに先がけ、日本ヒューレット・パッカードは2002年12月から、「hp Utility Data Center」を提供している。

 各社のサービスは適用範囲がまだ限定的で、実現方法もそれぞれ異なる。それでも、ユーザーから見て「コンピュータ資源を必要なだけ使える新サービス」である点は共通している。

サーバー仮想化は、革新でなく進化

 ユーティリティ・コンピューティングへと向かうこうした流れは「極めて自然」と、IT調査会社 米ガートナーのカール・クランチ リサーチ・バイス・プレジデントはみる。「ユーティリティ・コンピューティングはコンピュータ資源の“仮想化”にほかならない(米ガートナーのITに関する動向予測については、本誌72ページの『米国報告/ガートナー・シンポジウム』を参照)。コンピュータの進化は、仮想化の歴史でもある」(同)からだ。



続きは日経コンピュータ2003年12月29日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバーをご利用ください。