「経営とITのかい離」、「個別最適の横行」、「システムの柔軟性の欠如」――。日本の情報化を阻む諸問題を解決する手段として、一部の企業・組織の注目を集めている手法がある。
 その名も「エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)」。EAは果たして企業情報システムの救世主になり得るのか、それとも単なる流行語の一つに過ぎないのか。日経コンピュータの総力を挙げて、EAの全貌を明らかにする。

(戸川 尚樹、大和田 尚孝、星野 友彦)

Part1 提言:場当たりはもう限界
Part2 動向:日本流EAの胎動
Part3 実践:EAなんて怖くない
Part4 解説:EAの本質をとらえる
column 私のEA論
column EAを理解するためのA to Z
column EAを理解するための5冊


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2003年9月8日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバーをご利用ください。

Part1提言
場当たりはもう限界

日本企業の情報化の先行きに暗雲が立ち込めている。「全体最適」のかけ声こそ勇ましいが、実現できている企業はほとんどない。システム部門は無秩序に導入された製品/技術のお守りに手を焼いているのが現状だ。これまでの「場当たり主義」では限界が見えてきた。今こそ、情報化に向けた組織的な取り組み「EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)」を導入すべきだ。

 ERPパッケージ(統合業務パッケージ)で全事業部の基幹系を統合せよ」。3年ほど前、ある大手製造業は経営トップの号令一下、基幹系システムの再構築に取りかかった。

 パイロットに指名された事業部への導入は、1年半ほどかけて何とか終わった。だが、そこでプロジェクトは暗礁に乗り上げた。

 この会社は各事業部の都合による追加プログラム(アドオン)開発は許さない方針だった。当然、現場は業務プロセスの大変更を余儀なくされる。システムとしての使い勝手も落ちる。

 パイロット事業部の不満を伝え聞いた、残る事業部の責任者は猛反発した。「全社共通システムでは、仕事にならない」、「トップは現場をわかっていない」と口々に不満を述べた。

 全体最適によるIT投資の削減を目指す経営トップの“思い”は、最後まで現場に届かなかった。今年に入って、同社は計画を事実上凍結した。

 この会社のシステムは今でも事業部ごとにバラバラだ。このため経営トップは密かに思い描いていた事業部の再編・統合に着手できないでいる。

 システム部門は相変わらず、事業部が勝手に導入する多種多様なハード/ソフトの“お守り”に追われている。同社のIT予算の8割近くは既存システムの保守・運用に費やされ、その比率は下がる気配がない――。

先送りはもう許されない

 「システムの全体最適を図る」、「ITで経営に貢献する」、「変化に強いシステムをつくる」。こうした理想の実現に向け、ここ数年、企業のシステム部門は努力を続けてきた。

 だが現実はどうか。数少ない例外を除けば、理想は理想のままだ。

●あなたの会社の情報化推進体制は大丈夫?

 全体最適の取り組みは遅々として進まない。「システムの全体最適を目指す日本企業は多いが、ほとんどの作業は場当たり的なものになっている」。数多くのシステム構築プロジェクトに携わってきたアクセンチュアの日置克史パートナーはこう指摘する。冒頭で紹介したエピソードは決して他人事ではない(チェックシートを参照[拡大表示])。

 経営とITの距離もいっこうに縮まらない。総務省が今年3月に公表した調査結果は、このことを数字で裏付けた。

 この調査によると、「IT導入後の定量的な効果測定を定期的に実施」している日本企業は13.5%と、米国企業(62.4%)に大きく水をあけられてしまっている。「経営トップが自社の環境を踏まえて情報化投資を判断」している企業の比率も、日本(64.1%)は米国(73.3%)より10ポイント近く少ない(図1-1[拡大表示])。

図1●情報化投資の効果発揮に向けた取り組みの日米比較。日本企業は米国企業に比べて、情報化投資の効果を高めるための取り組みが足りない

 ただでさえ日本企業の多くは、部門ごとに無秩序に導入したシステムの管理に追われている。これでは「変化に強いシステム」など望むべくもない。

 問題の先送りはもう許されない。「個人の能力に頼ったやり方はもうすぐ通用しなくなる」(NTTデータの山田伸一取締役)。これまでの情報化を支えてきたベテラン社員はもうすぐ第一線を退く。いわゆる「2007年問題」だ。ここに来てトヨタ自動車やJTBなどが基幹系を20年ぶりに全面再構築しようとしているのは、こうした危機感の表れである。

理想を実現する“体系”を築け

 「エンタープライズ・アーキテクチャ(Enterprise Architecture=EA)」という言葉がある。直訳すると「企業・組織全体(エンタープライズ)の設計思想(アーキテクチャ)」。欧米では「システムの全体最適を実現するための組織的な取り組み」の総称として、ここ数年で完全に定着した。

 EAは日本企業が抱える情報化の諸問題を解決する可能性を秘めている。「場当たり主義」が行き詰まった日本企業に今必要なのは、中長期的な視点に立った組織的な取り組みであることは間違いないからだ。

 「米国では多くの企業・組織がEAの考えに沿って5年後、10年後のシステム像を描き、理想に近づく努力を続けている。実際に成果も上がりつつある」(米ガートナーのロバート・マッケルヴィ シニアバイスプレジデント)。バンク・オブ・アメリカやボーイングといった大手企業がこぞってEAを導入している。このほか、1996年には米国政府機関にEAの導入を義務付ける法律が成立し、導入が本格化している。

 1980年代後半、不況に苦しむ米国企業は日本の製造業を研究し、復活の礎とした。今度は日本企業が“組織としてITを使いこなすコツ”を学ぶ番だ。

 すでに一部の日本企業・組織はEAに注目し始めた。東京三菱銀行は昨年秋から導入を進め、今年7月にはEAの策定をおおむね終えた。「EAを使ってシステムの全体を見わたし、全体最適を実現する」。同行のCIO(最高情報責任者)を務める田中將介常務取締役は意気込む。

 日本政府も今年3月、EAの導入を正式決定した。導入を主導する経済産業省 商務情報政策局情報政策課の村上敬亮課長補佐は、「EAは縦割りのシステム構造から脱却するための最適解」と期待する。

“当たり前”をやり遂げる方法論

 それではEAとは何か。まず最初に断っておきたいのは、EAは単一の概念ではないことだ。人によってEAの定義は異なるし、導入する企業・組織によってEAのとらえ方も違う。あえて最大公約数的な定義をしても、「経営の視点からITを使いこなすためのガイドライン」程度までしかならない。


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