旧システムから新システムへの移行失敗は、大トラブルに直結する。だが、その重要性は見過ごされがちだ。新システムの開発に手間取り、移行の検討が後回しになることも少なくない。
郵政事業庁、東京海上火災保険、太平洋セメント、ダイハツ工業などへの取材を基に、システム移行を乗り切るポイントを探った。

(大和田 尚孝)

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徹底システム移行を乗り切る5大原則
方針を明確に/“手応え”をつかめ/旧システムの呪縛を解く/
移行作業は総力戦で/成否の判断が最後の大仕事


【無料】サンプル版を差し上げます本記事は日経コンピュータ2003年3月10日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。本「特集」の全文をお読みいただける【無料】サンプル版を差し上げます。お申込みはこちらでお受けしています。なお本号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。

 旧システムから新システムへの移行にかかる作業量を読み間違えた。新システムの開発が順調に進んでいただけに、残念でならない」。ある大手製造業のシステム担当者は、こうため息をつく。同社は生産管理から販売管理に至る基幹系システムの大規模な刷新に挑んでいた。昨年1月の稼働を目指して新システムの開発を進めていた。

 問題は、新システムのテストにこぎ着けた段階で発覚した。データ変換アプリケーションがほとんど完成していないことが判明したのだ。これでは、切り替えどころかテストも十分にできない。最終的にこの企業は、新システムへの移行を5カ月延期する羽目になった。

 「移行の重要性は当初から認識していた。データ変換アプリケーションの開発に必要な作業量も見積もった。しかし、この見積もりにどうしても自信が持てなかった。結果として不安が的中してしまった」。担当者は悔やむ――。

移行の軽視は自殺行為

 システム構築プロジェクトにとって、「最後にして最大の難関」、それがシステム移行である。システム移行の目的自体は、非常にシンプルだ。「旧システムのなかから必要なものを取り出し、新システムに組み込む」と要約できる。

 だが、そのためには膨大かつ複雑な作業が必要になる。「新システムに移すデータを選ぶ」、「データ変換アプリケーションを作る」といった事前準備はもちろん、切り替え当日には「限られた時間内にすべてのデータを旧システムから新システムに移し替える」という失敗の許されない作業が待っている。

 一つひとつ作業を列挙しても、システム移行の全体像はいまひとつつかみにくい。「旧システムの規模や新システムの構成、毎日の稼働時間、接続端末数などによって、移行の手順や作業内容は大きく異なる」(NECの本田美奈子システム技術計画本部シニアマネージャー)ことがその一因だろう。

 全貌を把握しづらいからといって、「移行では何をすべきか」の理解を怠ると痛い目に遭う。移行を軽視するのは問題外だ。「旧システムで利用・蓄積していたデータを抽出し、新システムに移せばおしまい」と考えているようでは、高い確率で移行に失敗する。

 システム移行にかかわるトラブルの原因は、突き詰めると作業の漏れや見落としに行き着く。冒頭の例では、「データ変換アプリケーションの開発規模の見積もりが甘かった」としか言いようがない。

計画の不備が失敗を招く

 もちろんユーザー企業は、移行の成功を目指して準備を進めている。限られた時間のなかで膨大な作業を確実にこなすため、作業スケジュールを立てる。机上の空論にならないよう、リハーサルを繰り返す。作業ミスやハードウエアのトラブルに備えた対策も講じておく。

図1●システム移行には危険がいっぱい潜んでいる

 ところが、現実は厳しい(図1[拡大表示])。当事者はきちんと準備をしたつもりでも、完ぺきな移行計画はなかなかできない。リハーサル不足や作業手順書の不備が原因で、思わぬトラブルを招くこともある。例えば、旧システムからデータを吸い上げるのに手間取ったり、データ形式の変換作業に失敗すれば、移行作業は予定していた立ち上げ時間までに終わらない。当然、新システムでサービスを開始できない。

 トラブルの種類によっては、移行に完全に失敗し新システムの稼働を延期するケースもある。厳しい言い方をすれば、稼働延期は「移行の計画に不備があったことにほかならない」(富士通システムインテグレーション事業本部SIプロフェッショナル室の梅村良氏)。

一筋縄ではいかない計画作り

 そもそも移行の計画作りは、非常に難しい作業だ。まず新旧両方のシステムを熟知していなければならない。それぞれのシステムの仕様やデータ構造を理解していなければ、「旧システムから新システムにどのぐらいの量のデータを移すべきか」や「データを移すのに、どのぐらいの工数がかかるか」が判断できないからだ。データ移行の所要時間がわからなければ、切り替え日が決められず、作業の具体的な準備に取りかかれない。切り替え日が最初に決まっている場合でも、その可否を判断できない。

 移行の担当者が新旧両方のシステムの内容を熟知するのは簡単ではない。長年変更が加えられてきた旧システムの仕様やデータ構造全体をいきなり理解しろと言われてもムリがある。多くの場合、ドキュメントは不完全だし、当時の担当者もいない。

 新システムの理解は別の意味で難しい。切り替え日が近づくまで、新システムの設計が完全に固まらないケースは珍しくないからだ。要件定義や詳細設計の作業はたいてい予定より遅れる。いったん決まった設計が開発の過程で変更されることも多い。最悪の場合、設計変更が移行担当者に伝わっていないことさえある。

 一般にユーザー企業は移行計画作りのノウハウを社内に蓄積しにくい。ほとんどのユーザー企業にとって、大規模なシステム移行は何年かに一度の大イベント。経験を積もうにも機会がない。このことも移行計画作りを難しくしている。

 さらにプロジェクト・チームの関心は、どうしても新システムに向かいがちだ。「新システムの設計や開発を優先して、移行作業を軽視する傾向がないとはいえない」(日本IBM金融第二ソリューション・センターの勝又 彰カード第一システム部部長)。

表1●先進ユーザー企業のシステム移行に対する取り組み

重要性はシステム開発と並ぶ

 限られたコストと時間のなかで移行を成功させるには、計画作りや準備をしっかりするしかない。新システムの開発だけに気を取られていてはダメだ。

 「システム移行は、新システムの開発と同じぐらい重要と肝に銘じなければならない」(東京海上システム開発の石津義秀業務推進サービス本部会計サービス開発部アシスタントマネジャー)。システム移行を着実にこなす担当者たちは異口同音にこう訴える(表1[拡大表示])。

 システム移行の勘どころを押さえておくことは、新システムの設計や開発を担当するエンジニアにとっても必要である。システム移行の成功には、設計担当者や開発担当者を含めたプロジェクト・チーム全体の協力が不可欠だからだ。

 本特集では、システム移行の必勝法を探る。まず日本最大のオンライン・システムの切り替え現場に迫る。今年の正月休みを利用して新システムに移行した郵便貯金のオンライン・システムだ。その緻密な作業ぶりからは、事前準備の大切さが伝わってくる。

 さらに先進企業の取り組みを基に、移行成功の5大原則を紹介する。


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 「1月13日になってようやく、正月に届いた年賀状を見ることができた」、「年が明けて、初めてお雑煮を食べたのは1月5日だった」、「父親不在の正月は毎年のこと。家族も承知している」…。

 郵政事業庁で30年以上にもわたり、郵貯システムを手がけている超ベテランのシステム担当幹部氏は、正月に休むことができません。「システムを止められる年末年始は、貴重なシステム移行のチャンス。正月勤務は金融機関のシステム担当者の宿命だ」。幹部氏はこう話します。

 システム化の範囲が広がり、サービス時間が長くなれば、世の中はどんどん便利になります。その一方で、システムはますます複雑になり、システムを止められる時間も短くなる。切り替え作業の難易度は上がり、切り替え失敗による影響範囲もどんどん大きくなる。

 システム担当者の移行にかんする悩みの種は、尽きることがありません。(大和田)