「ベンダーからの提案がピンとこない」、「ベンダーの成果物がいまひとつ」。
このような状況が目に付くようになっていないだろうか?
一見、ITベンダーの質が落ちたように思える。
しかし必ずしも、そうとは言えない。
激変するビジネス環境のなかで、広がりを見せるITの適用範囲。
ベンダーもユーザーを選別し始めた。
これらの要因が迫るユーザーとベンダーの「新たな関係」。
それが築けていないからではないのか。
危機感を持った企業は、すでに動き出している。

(高下 義弘、小原 忍)

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Part1 決意:東京証券取引所
挑戦:ニッセン
Part2 提起:「変化」が関係見直しを迫る
システムのライフサイクルを考えよ
システム導入で「第三者」が間に立つ
Part3 実践:関係を築くための5つの方策
ベンダー有利の契約を打ち破れ

Part1 決意

東京証券取引所

 「ユーザー企業として『防衛』しつつ、自社に必要なシステムを作り上げる。この目的を達成するために準備したのが、これだ」。システム企画を担当する東京証券取引所の丸山顕義 経営企画部課長は、こう切り出した。丸山が想定する「敵」はもちろんITベンダーである。

 丸山が机に広げたものは二つ。一つは、システム構築プロジェクトの手順をまとめた「東証システム開発プロセス標準ガイドライン(システム開発標準)」だ。東証側とベンダー側がそれぞれどんな手順で、どのような内容の作業を進めるべきかを記してある。昨年8月に2001年度版を発行し、現在、日立製作所とともに構築作業を進めているシステムに適用しながら、手を加えている。

 もう一つは、東証のシステムに対する考え方を記した「東証ITマスタープラン」。個々のシステムについて、全社システムから見た位置付けや目的とともに、整備予定を時間軸で見通してある。昨年初めて策定し、現在は最新版の発行に向けて見直し作業を進めている。

 これら2文書の作成にあたっては、ITコンサルティング会社のリアルソリューションズに協力を依頼している。ベンダーから独立した「第三者」の立場で助言をしてもらうためだ。2001年12月に10名強のプロジェクトを発足。8カ月かけて第一版を作成した。

 東証は、日本の金融取引において重要な役割を担うビッグ・ユーザーである。ベンダーとしても大事にしたい顧客であるはず。しかし丸山があえて「防衛」という言葉を使うのは、なぜだろうか。

弛緩するベンダーとの関係

 システム開発標準を整備した最大の理由として丸山は、「ITベンダーとの緊張感の低下」を挙げる(図1[拡大表示])。

図1●東京証券取引所は、危機感から二つの文書を作成した

 株式や債券取引などを担う東証の基幹系システムのほとんどは、日立製作所と富士通が構築を手掛けている。数十年の付き合いになるこの2社は、東証の業務やシステムをよく知っている。「両社に100%満足していたわけではないが、ベンダーと持ちつ持たれつの“日本的”な関係は、お互いに頑張りましょうという暗黙の了解があり、安心感があった」と、丸山はこれまでの関係を評価はしている。

 しかし一方で、「日本的な関係は裏返すと責任の所在が曖昧ということ。状況が変わってきた今、発注者と受注者、あるいはパートナ同士の間に本来あるべき緊張感が足りなくなってきた」。

ベンダーからの人材の質が低下?

 さらに丸山は、「昔とは技術も環境も違うので一概には比較できないが」と前置きした上で、「独自に調査した結果によると、ベンダーから東証に送り込まれる人材は、以前に比べると質が落ちているようだ」と打ち明ける。

 株式売買や先物・オプション売買など一つひとつのシステムの構築額は、数十億円規模。ベンダーにとっては「上客」の1社だ。実際、日立製作所と富士通は社の威信をかけて東証のシステムを作ってきた。しかし今や大手小売業などでも、それを上回る投資はざらにある。結果として2社から見た東証の顧客ランクは、相対的に下がってしまったようだ。しかし丸山は、「ベンダーも商売だし、カネ払いのよい顧客に優秀な人材を投入するのは当然だろう」と言う。

 そのような状況の下で品質の高いシステムをきちんと構築するには、「ユーザー企業としてやるべきことを確実に実施できる体制を構築し、ベンダーの手綱をしっかり握れるようにする必要がある」というのが、丸山の出した結論である。

システム構築のノウハウが属人的

 システム開発基準を整えた背景には、東証自身が抱える問題が表面化してきたこともある。

 東証のシステム担当者一人ひとりの頭の中には、やるべき仕事内容やプロセスが入っている。しかし、それが文書としてまとまっていないため、他の担当者でも同じように実施できるようにはなっていなかった。担当者によって言葉の定義や、東証側とベンダー側でやるべき仕事内容の区分なども異なっていた。極めて属人的であるため、「慣れ親しんだベンダーとの『あうんの呼吸』がなければ、システム構築プロジェクトを完遂できない恐れがあった」。開発期間の短縮やコスト削減の要求が厳しいなかでは、構築ノウハウを個人に依存しない形に仕上げなければならないと考えたのだ。

 ノウハウが一般化できれば、他ベンダーと作業を進める際にも、システムの品質を保つことができる。これも狙いだ。将来は、基幹系システムの構築に新規ベンダーを採用することも視野に入れているからである。丸山は「そのほうが、ベンダーとの緊張感が高まる」と期待する。

システム全体の整合性を高めたい

 もう一方のITマスタープランを作成した理由は、システム群全体の整合性を取る必要性が高まってきたからである。これまではマスタープランを作成していなかった。個々のシステムがそれぞれ個別の都合で開発・運用されており、「後から整合性を取る状態になっていた」。

 「再構築のタイミングをうまく合わせれば作業を効率化できたはず。なのに、横連携が取れずに無駄に工数をかけてしまう。こんなこともしばしばだった」。

 時間軸でシステム群を把握する必要性が出てきた背景には、株式会社化によるコスト意識の高まりや、制度変更によるシステム改変の短期化といった要因もある。東証は2001年11月、証券会社の会員組織から、株式会社に組織形態を変更した。市場管理者としての公共性とともに、利益や効率性も追求していくことになった。丸山は「無駄なシステム投資をカットし、より効果を生み出す投資に振り向ける必要がある」と強調する。

 東証の取り組みはまだ緒に付いたばかり。「実際に始めてみてようやく分かることも多く、苦労している」と思わず弱音を吐く丸山。「しかし、手応えは感じている。リアルソリューションズや各ベンダーと協力しながら、良いものに仕上げていきたい」と、堅い決意を口にする。

(文中敬称略)

(中略)

Part2 提起

「変化」が関係見直しを迫る


ベンダーとの関係見直し緊急度チェックシート

どんなユーザー企業も、付き合いのあるITベンダーに不満の一つや二つはあるだろう。あなたの会社が持つその不満は、最近増していないだろうか。原因はベンダー側にあるようにみえるが、ユーザー側に問題があるケースも多い。ビジネス環境の変化や、そのなかで強まるITの重要性。そしてベンダー側の競争激化。これらの要因がユーザー企業に意識改革を迫っている。にもかかわらず、何の手も打っていないことが原因かもしれない。今こそ、自社ですべきことと外部に任せることを再認識し、ベンダーとの関係を見直すべきである。

 遅ればせながら大競争の航海に出た東京証券取引所と、IT先進企業のニッセン。Part1で紹介したこの2社は、ある意味特別な環境にあるユーザーとも言える。「ベンダーとの関係を見直し始めた2社と我々の状況は、かなり異なる」。こう感じる読者もいるだろう。

 しかし、チェックシート[拡大表示]を試してほしい。3個以上の印が付くなら、この2社と同じような状況に差し掛かっていると考えていい。ベンダーとの関係を見直すときが来ている。


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 「ベンダーは自分たちの商売しか考えていない」。ユーザー企業やIT戦略コンサルタントの口からしばしば飛び出したフレーズです。

 「何を今さら、当たり前のことを言うのだ」。このような向きもあるでしょう。実際、この特集に盛り込まれている内容は、一部の先進ユーザー企業にとっては「当たり前のこと」です。

 しかしそれでも、繰り返し言い続けることが必要かと考え、執筆に臨みました。

 医者、弁護士、警察、一流企業…、“信頼ある”肩書きに対して、冷静な目で見つめる必要が叫ばれている時代。いまに限ったことではありませんが、さまざまな事件が明るみに出るたびに、その意識は高まってきています。

 いまというタイミングは、ITに限らず、「利用者/消費者/一般市民として心がけること」についてあらためて考え直すべき時なのでしょう。(高下)