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あなたの会社のIT予算は本当に有効活用されているか。既存システムの保守・運用に無駄なランニング・コストを費やしていないか。景気の回復が期待できない今、IT予算の増額は期待できない。戦略性の高い新規システムへの投資を続けるには、IT関連のコスト構造改革が不可欠だ。予算全体の6~7割を占める既存システムの保守・運用費の削減に向けた取り組みを探る。

(システム構造問題取材班=戸川 尚樹、高下 義弘、矢口 竜太郎、星野 友彦)

Part1 ドキュメント:IT版リバイバルプラン 日産の1101日を追う
Part2 改革への提言:コスト構造改革で強いシステムを取り戻せ
Part3 実践&語録:今すぐできる六つのコスト削減策


本記事は日経コンピュータ2002年10月7日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


Part.1 ドキュメント
IT版リバイバルプラン---日産の 1101日を追う

限られた予算の中で、攻めのIT投資を増やす――。今、多くの企業が直面している難問をいち早くクリアした企業がある。一時は深刻な経営危機に直面した日産自動車だ。同社は1999年春から全社的なコスト削減を断行、IT関連のコストにも大きくメスを入れた。3年前は予算の9割を占めていた既存システムの保守・運用費を5割に減らした。節約分を新規システムに回すことで、総予算を増やさず、戦略案件を遂行できるようにした。日産のシステム部門が存亡をかけて取り組んだ「IT版リバイバルプラン」の1101日を追った。

(文中敬称略)

 日産自動車の情報システム部門を率いる栗原省三(現バイス・プレジデント兼情報システム本部長)は、緊張した面持ちで会議に臨んだ。1999年4月下旬のことである。

 栗原が対峙した相手は、再建請負人としてフランスのルノーからやってきたばかりのカルロス・ゴーン(現社長兼CEO)。ルノー時代、“コストカッター”の異名をとった彼に、栗原はグループ全体のIT投資の現状と今後の方針を説明しなければならなかった。

 案の定、ゴーンは厳しかった。「なぜ既存システムの運用にこんなに費用がかかるのか」、「この新規システムの投資対効果はどうなっているのか」、「こちらのシステムは投資を回収したのか」。ゴーンは情報システムにはほとんど素人だが、鋭い質問が相次いだ。

 もちろん栗原も徒手空拳でゴーンの前に立ったわけではない。数カ月ほど前から練っていたIT投資の改革案をゴーンに逆提案した。

真水投資はわずか1割

 既存システムの保守・運用費を削り、新規システムの構築費を工面する――。これが栗原の改革案の骨子だった。当時、日産グループではIT予算の9割が既存システムの保守・運用に費やされていた。そのころ同グループは連結売上高の1.6%(約1000億円)をIT関連に投じていたが、そのうち新規システム向けの“真水投資”はわずか100億円だったことになる。

 「このままではIT予算は膨れあがる一方。だからといって新規システムへの投資をこれ以上絞ったら、グローバル競争を勝ち抜けない。これらの相反する課題を同時にクリアするためには、IT関連のコスト構造を抜本的に変えるしかない」。こう考えていた栗原は、保守・運用費削減の具体策をゴーンに説明していった。

 「システム運用はIBMに長期アウトソーシングします」、「グループ全体のIT予算を本社で集中管理して、重複投資をなくします」、「経営への貢献度の低いシステムは稼働をやめます」。栗原の説明する改革案の一つひとつをゴーンはじっくりと吟味した。納得できない提案には、さらに詳しい説明を求めた。栗原は逐一それに答えを返していった。

 こうしたやり取りが1回で終わるはずもない。1カ月近くにわたって何度も会議が開かれた。「2日連続、計10時間を超える長丁場になったこともあった」。5年間の米国駐在経験があり、英語が堪能な栗原にとっても、さすがに気疲れする日々が続いた。

 なかでもゴーンがこだわったのは、アウトソーシングの損得だった。「IBMに支払うマージン分はムダではないか」、「社内で努力すれば、運用費をもっと安く上げられるのではないか」。容易にゴーンは首を縦に振ろうとしなかった。

 「運用担当者の人件費や教育費を考えると、長期的にはアウトソーシングの方が得です」、「システム運用は当社の中核事業ではありません」。栗原の粘り強い説得にさすがのゴーンも根負けしてつぶやいた。「reluctant agree(不承不承だが、同意する)」。

 この瞬間、「IT版リバイバルプラン(再生計画)」とも言うべき、コスト構造改革プロジェクトが正式にスタートした。

グループのシステム要員を半減

 日産の情報システム部門は、栗原を中心にさっそくコスト構造の改革に着手した。「IT予算に占める既存システムの保守・運用費の比率を9割から5割に落とす」という目標を掲げ、次々と削減策を打ち出した。

 真っ先に効果が出たのは、一連のアウトソーシングだ。1999年10月の米国法人を手始めに、日産グループ全体のシステム運用をIBMグループにアウトソーシングした。2001年1月には全社ネットワークを専用線からIP-VPN(IPネットワークを利用した実質的な専用線網)サービスに切り替えると共に、ネットワークの運用を日本テレコムと同社の提携先に委託した。これにより通信費とネットワーク運用費の合計が30%減った。

 これらのアウトソーシングは運用コストの削減だけでなく、情報システム部門のスリム化を意図したものだった。当時、日産グループ全体で約2000人いたシステム要員のうち、半数の1000人程度が既存システムの保守・運用に携わっていた。ITコスト構造の抜本的な改革には、保守・運用担当者の削減は避けて通れないのは自明のことだった。

 人が絡む問題だけに、この話になると、栗原の口は途端に重くなる。2000年9月に保守・運用などを担当していたシステム子会社3社を日本IBMと日立製作所に完全売却したところまでは正式発表されているが、その後の動きはほどんど闇のなかだ。本誌の調べによると、国内の子会社に出向していた社員の転籍が完了したのは、完全売却から1年半がたった今年初めである。栗原らがかなり慎重にことを進めたのがわかる。今では全世界のシステム要員は1000人にまで減った。IBMや日本テレコムに支払うアウトソーシング費を差し引いても、年間100億円前後が浮いたとみられる。

予算の集中管理で重複をなくす

 だが、これだけではコスト削減目標の3分の1程度にしかならない。栗原らはアウトソーシングや人員削減と並行して、全世界のグループ会社300社の情報化推進体制を一本化した。予算も本社が集中管理するように改めた。同じようなシステムを各社が個別に開発し、保守・運用するムダを省くためだ。すでに稼働済みのシステムも、できる限り一つに集約していった。これに伴ってサーバーやソフトウエアの保守費用も減った。さらに栗原らは、「価格性能比が良いハード/ソフトがあったら、迷うことなくリプレースした」。

 ハード/ソフトの購買窓口も一本化した。「スケール・メリットを生かして、価格交渉力を高めた」。日産グループは2003年春からの展開を目指して、ERPパッケージ(統合業務パッケージ)の「R/3」による基幹系システムを構築している。すでに購入したR/3のライセンス料や保守料も「全世界のユーザーが4万人というボリュームを前面に押し出して有利な条件を引き出した」。グループ各社の基幹系システムを統一すれば、稼働後の運用コストも減らせる。現在は各社が異なる基幹系システムを利用しているため、保守・運用コストが膨らんでいる。

システム資産を徹底棚卸し

 推進体制を一本化しても削減目標には100億円ほど届かなかったようだ。そこで日産の情報システム部門は、コスト削減に向けた活動を地道に続けていった。「システム資産の棚卸しを徹底し、あらゆるムダを取り除いていった」。

 後に「サンセット(日没)計画」と呼ばれるようになるこの取り組みは、所有していたハードウエアやソフトウエアの利用状況を一つひとつ調べ上げることから始まった。「利用頻度が一定の条件を下回ったものは、無条件で廃棄処分にし、その分の運用費を減らした」。担当者がユーザー部門を回って歩き、リース料を払っているにもかかわらずオフィスの片隅でホコリをかぶっていたパソコンやプリンタをどんどん撤去していった。

 社内に蓄えてあった「データ」も例外ではなかった。保管しておく必要性が薄れた過去の業務データやCADデータを思い切って削除し、ストレージ容量の増大に歯止めをかけた。「『いつか使うから取って置いてくれ』といったレベルのデータはあきらめてもらった」。削除したデータの中には、特定の端末からしか参照できないものが多かった。データの削除に伴って余分な端末を撤去できたのも保守・運用費の削減に役立った。

 データ量の抑制は、それまで野放しだった電子メールにまで及んだ。各ユーザーがサーバーに保管できるメール容量を5M~10Mバイトに制限し、ディスクの増設を回避した。こうしたデータ量の削減・抑制だけで「年間数億円を節約した」と栗原はソロバンをはじく。

 稼働中のシステムもサンセット計画の対象になった。「数年先には廃棄することが決まっているシステムに、これ以上カネを投じるのはバカらしい」。こう考えた栗原は、再構築が決まったシステムはユーザー部門から機能強化や改善の要求がきても、受け付けないことにした。ユーザー部門には、「要求事項は新システムに必ず反映します」と言って、我慢してもらった。

図1●日産自動車は既存システムの保守・運用費を激減させた

構造改革に終わりはない

 1999年3月27日にルノーとの提携を正式発表してから1101日目の2002年3月31日、日産はついに目標を達成した。「2001年度(2001年4月~2002年3月)の実績で、既存システムの保守・運用費がIT予算の51%にまで減り、残り49 %は新規システムの構築に投資できた」。栗原は満足そうに語る(図1[拡大表示])。

 日産グループの連結売上高に占めるIT予算の比率は、ここ数年、1.6%前後とほぼ同じだが、新規システム向けの真水投資は500億円弱と3年間で5倍に増えた。戦略的アウトソーシングの実施や情報化推進体制の刷新といった一見派手な対策だけではなく、データの削除といった地道な取り組みが功を奏した(図2[拡大表示])。

 全体としてみれば、ユーザー部門に対するサービス・レベルも落ちていない。日産は情報システムに対するユーザー部門の満足度を定期的に調査しているが、その評価は数年前と比べてまったく下がっていない。担当者がユーザー部門を訪れ、状況や狙いを説明する手間を惜しまなかった労が報われた。「サービス・レベルを落としてコストを減らすのはだれでもできるが、それでは企業競争力が低下してしまう」。栗原はこう断言する。

 栗原は今でも改革の手を緩めていない。浮かした費用で構築した「新規システム」も、稼働した瞬間から「既存システム」になるからだ。「油断すると、すぐにまた既存システムの保守・運用コストが膨れあがる」と栗原は自戒する。「新しいシステムにはだれもが興味を示すが、古いシステムはどうしても放っておきがち。これがITコストを増やす元凶だ」。

図2●日産自動車のコスト構造改革に向けた取り組み

 日産の情報システム部門は、今でも総出でコスト削減活動に取り組んでいる。部員のほとんどは「基幹系の刷新」や「部品表の再構築」といった新規案件のプロジェクトに従事するかたわら、いっそうのコスト削減に向けたプロジェクトにも参加している。10件程度のコスト削減プロジェクトが今も走っている。

 きれい好きの栗原は、デスクの周囲にほとんどモノを置かない。メモ用紙を張り付けることも嫌う。そんな彼のデスクの前にも1枚だけ紙が張ってある。新規案件とコスト削減プロジェクトを率いる担当者名を記した表だ。「この表を見れば、だれがどのプロジェクトに、どのぐらいの比重を置いて仕事をしているのかがひと目でわかる」。コスト削減のペースが落ちそうになったとき、栗原はすぐに表を見て、担当者に声をかける。


続きは日経コンピュータ2002年10月7日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバー、または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。




 今回の特集では紹介できませんでしたが、新日軽がITコストを削減するための面白い試みをしています。新日軽は昨年末から、社内にある約100台の複合機(コピー、ファクシミリ、プリンタ、スキャナー機能を備える)の契約形態を見直して、月額400万円のコスト削減に成功しています。

 この契約形態のポイントは「事業の縮小・再編などで、現在使っている複合機の中で不要なものが出てきたら、その時点から料金の支払いは不要になる」(新日軽の長谷川道雄執行役員)というものです。一般的なリース契約でもレンタル契約でもなく、「必要な機能だけを定額料金で使っているイメージ」(同)です。
 この契約を結ぶために、新日軽のシステム部門は、ユーザー部門の担当者と共同で、複合機の利用実態を入念に調査しました。調査結果に基づいて同社は、サービス内容と料金体系を定めた提案書を作成し、ベンダーに提出しています。「ユーザー部門と共同で提案書を作成する作業は想像以上に大変な手間がかかり、半年以上も費やした」(長谷川執行役員)と言います。

 とにもかくにもコスト削減というのは、地道な努力なくしては不可能だということなのでしょう。(戸川)