ここ1~2年で注目を集め始めた「Webサービス」。この技術は,複数のシステム同士を連携させる新しい手段として期待されている。だが,「登場したばかりの技術だし,何だか難しそうだから,自社に導入するのはまだ先でよい」と多くの企業は見なしがち。確かに発展途上の技術なので現状では適用範囲に限りはあるが,先行ユーザーは口をそろえて「Webサービスは簡単」と証言する。JTBやクボタなど約20社のユーザー事例を基に,Webサービスがどのくらい簡単に利用できるかを探った。

(西村 崇)


本記事は日経コンピュータ2002年9月23日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 「Webサービスを使ったプロトタイプ・システムを開発する前は,期間が3カ月くらいかかると予想していた。しかし,実際には1カ月で開発できた」。こう語るのは郵船航空サービスの平野拡司情報システム部副部長だ。

 物流大手の同社は今年6月,Webサービスを採り入れた倉庫管理システムのプロトタイプを開発した。このシステムは,顧客企業がもつシステムへ在庫情報を提供したり,出荷指示を受け付けるもの。システム開発には日本ユニシスが協力した。「こんなに簡単にできるとは思わなかった」と,平野副部長は率直な感想を漏らす。

 Webサービスとは,Webを基盤にして複数のシステム間を連携させる技術の一種。あるWebアプリケーションが,他のWebシステム上で稼働するアプリケーションを自動的に呼び出して利用できるようにする。呼び出せるアプリケーション自体をWebサービスと呼ぶこともある。これまでの技術よりもシステム間の連携を容易にする新しい手段として注目を集めている。

 こうしたWebサービスを導入しようとする企業は,郵船航空サービスだけではない。日立ソフトウェアエンジニアリングは今年7月,同社が手がける電子商取引(EC)サイトを機能強化し,Webサービスを使ってアクセスできるようにした。顧客企業は自社のシステムから同サイトにアクセスし,商品の検索や注文ができる。

 リコーテクノシステムズ(東京都中央区)は7月から,社内の情報検索システムにWebサービスを採用。社内の情報だけでなく,インターネット上の情報をWebサービスで検索できるようにした。クボタも今年10月の稼働を目指す人事管理システムでWebサービスを利用する。このほかオリックス,KDDI,JTB,稲畑産業といった企業が,Webサービスの導入を進めている。

仕組みは意外にシンプル

 Webサービスの導入に積極的な企業が出ている一方で,「Webサービスと言われてもピンとこない」というシステム担当者も多いようだ。確かにWebサービスは,複数の要素技術を組み合わせたもので,一見すると複雑で難解なイメージがある。実際,『日経マーケット・アクセス』が今年7月に実施した調査では,それを裏付けるような結果が出ている。

 この調査では,システム間で情報をやり取りするためのプロトコル「SOAP」やWebサービスの利用方法を記述するためのXML(エクステンシブル・マークアップ・ランゲージ)形式の言語「WSDL」,Webサービスがネットワーク上のどこにあるかを示す電話帳に当たる「UDDI」といった,Webサービスの要素技術の認知度を調べた。

 その結果,SOAP,WSDL,UDDIのいずれについても,「知っている」と回答したシステム担当者は1割前後にとどまった。Webサービスという言葉だけは知っていても,その実体はほとんど理解されていないと言ってよい。

 だが,合成樹脂や電子部品材料などを扱う商社,稲畑産業の田村峰幸IT推進室技術コンサルタントは,「SOAPやWSDL,UDDIといったWebサービスの要素技術の仕組み自体は,よく見れば新しいものは一つもない」と言い切る。稲畑産業はWebサービスを利用して,物流情報を提供したり,発注指示を受け付ける物流管理システムを今年3月に構築している。

 田村氏の指摘は正しい。例えばSOAPは,Webでごく一般的に使われているHTTP(ハイパーテキスト・トランスファ・プロトコル)などの通信プロトコルを使って,XML形式のデータをやり取りできるようにする。そのため,インターネット上のWebシステム同士を簡単に接続できる。実はとてもシンプルな技術なのだ。

 しかもこれらの要素技術は標準化団体によって仕様が固まりつつある。「SOAPという標準技術を利用すれば,システム開発者は『プラットフォームが異なるシステムの間で,どのようにデータをやり取りさせるか』と悩むことなく,開発作業に打ち込める」(稲畑産業の田村氏)。

図1●Webサービスはアプリケーション開発を容易にする

ツールの機能充実で開発も容易に

 とはいえ,「Webサービスは最近出てきた技術。使いこなすには相当時間がかかるのではないか」と思う読者もいることだろう。

 だがこの心配も無用だ。Webサービスを使ったシステムの開発経験を持つ,JTBの矢嶋健一 市場開発部ECソリューション室研究員は,「Webサービスは簡単に使える」と断言する。JTBは,昨年12月にマイクロソフト日本法人が実施したWebサービスの検証実験に参加。マイクロソフトの個人認証Webサービス「.NET My Services」と連動する旅行予約用Webシステムのプロトタイプを開発した。「Webサービス未経験のオープン系の開発者3~4人が2週間程度で開発できた」と,矢嶋研究員は振り返る。

 なぜ簡単なのか。それは,仕組みがシンプルなだけでなく,「最近の開発ツールが,Webサービスを使ったアプリケーションを簡単に構築できる機能を備えるようになった」(JTBの矢嶋研究員)からだ(図1[拡大表示])。Webサービスなどの新技術に詳しいアクセンチュア日本法人の藤山俊宏 先進技術グループマネジャーは,「開発ツールがWebサービスに対応し,手軽にアプリケーションを開発できるようになったのは,ここ1~2年のこと」と指摘する。

 これらの開発ツールは,Webサービスを呼び出すための処理命令をあらかじめ用意するなど,Webサービスを使ったアプリケーションの開発を支援する機能を充実させている。日本IBMテクニカル・サポート システム&ウェブソリューションセンターの長島哲也シニアコンサルティング I/Tアーキテクトは,「Webサービスを利用する際に複雑な処理をプログラミングする必要はない。専用の処理命令をわずか数行書き込めば,Webサービスを使ったアプリケーションが出来上がる」と説明する。

発展途上の技術でも挑戦の価値あり

図2●現状でWebサービスを利用している企業の主な目的。自社と外部企業との間で情報をやり取りしたり,社内のシステム間を連携させる用途からWebサービスの利用が始まっている

 このようにベンダー各社が続々と開発ツールを充実させ,Webサービスを使ったアプリケーションの開発・実行環境は着々と整いつつある。

 ベンダー各社が掲げるWebサービスの最終目標は次のような世界だ。すなわち,「インターネットに接続するWebシステム同士が連携し,人手を介さず必要な処理を自動的に行うこと」。これが実現すれば,今までシステム連携のために必要だった作り込みの作業は不要になり,まったく新しいWebアプリケーションの登場も期待できる。だが,Webサービスの技術は発展途上であるため,現段階ではそこまで進化していない。

 それでも,Webサービスは今が“買い時”である。Webサービスが今後の情報システムのカギを握る技術であることに間違いないからだ。今回取材したWebサービスの導入事例は20程度に及ぶが,そのほとんどの開発担当者が「Webサービスを使うのは簡単だった」と証言している。恐れるに足らない。

 各社は,インターネット経由で特定の取引先と情報をやり取りする,社内のシステム間を連携する,といった適用しやすい領域からWebサービスの利用を始めている(図2[拡大表示])。今できるところから,Webサービスに挑戦してみようではないか。


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 今回の特集は「Webサービスの簡単さ」にこだわりました。Webサービスの通信プロトコルである「SOAP」を使ってシステム間連携を試みている企業の担当者は,「Webサービスを使った開発は簡単だった」と口を揃えて証言していたからです。これは,記者の予想を越えた反響でした。
 「Webサービスが簡単である」ことは,システム・インテグレーション(SI)ベンダーにも良い影響を与える可能性も出てきました。あるソフト製品ベンダーの担当者は「Webサービスが出てきたことで,SIの案件がこれまで以上に増えていくのではないか」と推測します。
 ただしこれは,Webサービスが普及して「Webサービスを使えばシステム同士を手軽に連携できる」ことが広く知られるようになればの話です。WebサービスがIT業界の景気底上げの切り札になるかどうかは,Webサービスそのものの認知度や普及のスピードにかかっているようです。(西村)