経営ニーズにマッチした企業情報システムを構築するのは難しい。優れたシステムであっても経営環境が激変する中で捨てられてしまう場合もある。日経コンピュータが主催する「情報システム大賞」でグランプリを獲得した企業でも,窮地に追い込まれてシステム展開が停滞しそうな事態に陥ったところは少なくない。数々の問題に直面しても,企業情報システムを“成長”させてきた歴代のグランプリ企業を追った。

(栗原 雅,広岡 延隆)


本記事は日経コンピュータ2002年8月12日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 「当社の新しいビジネスモデルは,競合他社につぶされた」。北海道の生コンクリート・メーカー,ウップスの會澤祥弘社長は,こう打ち明ける。

 ウップスは昨年2月の第5回情報システム大賞で小規模部門グランプリを受賞した。画期的なコンクリート製造方法を支援する基幹システムが高く評価されたからである。

 ところが,グランプリ受賞から7カ月後の昨年9月,その基幹業務システムが想定したビジネスは実施できなくなった。地元の生コン協同組合から,ウップス特有のビジネスモデルが法律に違反していることを指摘されたからだ。ウップスは急きょプラントの稼働を停止。事実上,業務停止に追い込まれた。

苦難の道を突き進む

表1●情報システム大賞のグランプリを受賞した企業のシステムの概要と,受賞後の取り組み
 日経コンピュータは毎年,企業からシステム構築事例を募集。「利用技術の先進度」,「システムの導入効果」,「開発・コスト効率」の3項目を評価し,最も優れたシステムを規模別に「情報システム大賞グランプリ」として選出してきた。ここでは,グランプリ受賞から1年以上経た第5回までの企業のその後を追跡した(表1[拡大表示])。

 優れたシステムであっても発展させ続けることは簡単ではない。人材バンクのリクルートエイブリック(第3回グランプリ)が1998年7月に稼働させた求人・求職者の“あいまいマッチング”を実現するシステムのように,求職者に求める能力を“あいまい”ではなく“具体的”に指定する企業が増えたため,約3年でその役目を終えたものもある。1996年6月に消費者金融のユニマット(第1回)が刷新した顧客情報管理システムは,その後の外資による相次ぐ企業買収という荒波にもまれ姿を消した。

 一方,様々な苦難に直面しつつも,システムの発展に突き進んだ企業も多い(図1[拡大表示])。前出のウップスは業務停止の間も,システム強化の手を緩めなかった。プラントの稼働再開を見込む今年9月には,GPS(全地球測位システム)やセンサーを駆使して,ほかに類を見ない業務システムを本格稼働させる。

図1●情報システム大賞のグランプリを受賞した企業が,受賞後にたどった道のり

 文具関連の卸売業のユーキ(第2回)は昨年10月にコクヨ近畿販売に吸収合併された。これを機にベンダーとして独立したシステム部門は,受賞した基幹系システムを強化し続けている。東京相和銀行(第2回)が大手都市銀行に先行して導入した24時間稼働の勘定系システムは,1999年6月に経営破たんした後も,営業譲渡を受けた東京スター銀行で生き残った。

 北海道上川郡の鷹栖町役場(第2回)では,ベンダーに開発を委託し,1997年4月に稼働したシステムが「想定していた機能を備えていなかった」(川合範明総務課職員係長)。これがベンダー任せのシステム開発を見直すきっかけになり,1999年から2000年にかけて役場の職員3人で介護保険システムを開発するまでになった。

 それほどの苦労に見舞われなかったグランプリ企業も,導入効果を引き出すためにシステムを着実に発展させることを怠らなかった。国際航業(第3回)とピップトウキョウ(同)は,システム開発において二の矢,三の矢を継ぐことで,業務改革に成功した。

 セブン―イレブン・ジャパンは,データ・ウエアハウスを武器に1店舗当たりの1日の売上高を高めた。現在は競合他社を約15万円も上回り,「コンビニエンス・ストアはどこでも同じ」という見方をくつがえした。機械メーカーのコマツゼノア(第1回)は基幹系システムを発展させ続け,顧客が在庫を確認した直後に発注できるシステムを構築。他社との差異化を図っている。大成建設(第1回)は1993年から徐々に進めてきたプロジェクトを2003年に完了。すべての社内システムをWebブラウザから利用できるようにする。

第1部:紆余曲折を乗り越える

 システムを成長させる過程で,大きな障害にぶつかることは決して珍しくはない。ウップスとユーキ(現在はコクヨ近畿販売),東京相和銀行(現在は東京スター銀行),北海道の鷹栖町役場は,システム強化の道を閉ざされかけたことを,逆に発奮材料にして壁を乗り越えてきた。苦境に陥ってもシステムのレベル・アップをあきらめなかった。

ウップス
業務再開に向けてシステムを大幅強化

 「どうしてもプラントを止めなければならないのか」。2000年4月に創業したウップスの會澤社長は2001年9月初旬,窮地に追い込まれていた。

 ウップスは札幌市に本社を構える中堅の生コンクリート・メーカーである。2000年5月に稼働した,ミキサー車を効率よく配車できる基幹システム「OOPS CVSシステム」が第5回情報システム大賞小規模部門でグランプリを獲得した。ウップスは独自のビジネスモデルを支援するために,このシステムを組み上げた。

 ウップスは一般的なメーカーと異なる方法でコンクリートを製造する。コンクリートの原材料であるセメントと石,砂,水をコンクリート・プラントに貯蔵している点は,他のメーカーと同じだ。しかし,原材料を混ぜてコンクリートにする方法が決定的に違う。

 ウップスはプラントで自動計量した原材料をミキサー車のタンクに投入。そのタンク内で原材料を混ぜて,コンクリートに仕上げる。一方,一般的なメーカーはプラントに大型のタンクを設置し,そのタンク内で計量済みの原材料を混ぜる。ミキサー車には,出来上がったコンクリートを流し込む。

 複数のミキサー車に製造機能を分散したウップスの最大の強みは,需要に応じて製造能力を柔軟に制御できることだ。ウップスは道内各地にプラントとミキサー車を配置しているが,ミキサー車は自由に移動できるので,注文が多いプラントにミキサー車を集めることが可能だ。それでコンクリートの製造量を増強できる。ウップスにとっては設備の稼働率を高められる。ミキサー車1台分の少量の注文にも応じやすくなる,といったメリットもある。

 これに対して,一般的なメーカーのプラントは製造能力が固定している。少量の注文でも大型のタンクを稼働させる必要があるので,設備の使用効率がどうしても悪くなる。競合メーカーにとって,需要の増減に柔軟かつ無駄なく対処できるウップスは,脅威に映っただろう。

 しかし,そんなウップスに思わぬ落とし穴が待っていた。2000年6月に建築基準法が改定。これをきっかけに,函館地区の競合企業が「法で定められたJIS(日本工業規格)に適合していない」と,ウップスに対する抗議行動を起こしたのだ。

 創業当初から法改定前までは,コンクリート製造の基準が「JISに適合またはそれに準ずる」としてあり,ウップスの製造方法に大きな問題はなかった。ところが,「JISに適合しない場合は大臣の認定を取得する」という内容に改定されたことが問題を引き起こした。ウップスの製造方法は,「そもそも分散型のコンクリート製造を想定していないJISに完全には適合しなかった」(會澤社長)のである。

 會澤社長は同社の独自方式をなんとか維持できないかと考えた。しかし,北海道庁がウップスの製造方法を「建築基準法違反」とすることがほぼ確実になり,9月5日に北海道内10カ所にある原材料の貯蔵・計量を行うプラントの稼働を自主的に止めることにした。事実上の業務停止という,苦渋の決断を下したのである。

 それでも,ウップスは大臣の認可を取得して業務を再開できる日を目指して,システム強化の手を緩めなかった。認可を取得してプラントが再稼働するときには,大幅に機能を強化した新しい基幹システムが動き始める。その時期は早ければ9月になる見込みだ。


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 今回の取材で,北は北海道から南は九州まで各地にお邪魔することができました。旅行の好きな私は,非常に楽しく取材させていただきました。
 唯一の誤算は,お土産を見ると衝動買いする癖が治っていなかったことです。思わぬ出費がかさみ,今月は節約モードです。(広岡)