企業ネットワークを構築するための新しい通信サービスが次々と登場している。どのサービスも,もはや安価で高速なのは当たり前。これまでは,とかく通信コストの削減ばかりが重視されてきたが,今後は自社の業務形態に合う最適なサービスをいかに選択し,組み合わせるかが重要な課題になる。通信業界の動きは激しく,さらなる通信料金の引き下げや,魅力的な新サービスの登場もあり得る。企業はこうした将来動向にも気を配らなければならない。鹿島や東京三菱銀行など先進ユーザーへの取材から企業ネットワークの“最適解”を探った。

(坂口 裕一,鈴木 孝知)


本記事は日経コンピュータ2002年7月15日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 「通信サービスの変化が大きく,通信料金もどんどん下がっている。こうした状況で,自社に最適なサービスをどのように選択していくかが大きな悩みだ」。清水建設の伊藤健司システム企画部インフラ企画グループ長は,最近の企業向け通信サービスの動向についてこう話す。

格段に増えた「選択肢」
図1●企業の本社-支店間などを接続するWAN向け通信サービスの移り変わり。帯域当たりの通信料金が安い新サービスが次々と登場し,企業でのブロードバンド化が徐々に進んできた

 確かに,ここ1~2年の通信サービスの動きを見ると,企業ネットワークを取り巻く状況がいかに変化してきたかがよく分かる(図1[拡大表示])。特に企業の本社-支店間などを結ぶWAN)で,かつては代表的なサービスだった専用線やATM専用線)はすっかり影を潜め,IP-VPN)や広域LAN)といった新サービスの利用が急速に進んでいる。“安くて速い”新しいサービスが次々と登場することで,企業ユーザーの選択肢は格段に増えた。しかし,それだけサービスの選択や使いこなしが難しくなっているのも事実である。

 加えて,動きの激しい通信業界では,さらに魅力的なサービスが現れる可能性もある。ユーザー企業はこうした将来動向を踏まえ,いつでも最適なサービスに切り替えられるような,変化に強いネットワークを構築しなければならない。その点で,通信機器の選択も重要だ。ある通信サービスに合わせて特定の通信機器を購入してしまうと,償却するまでの間は利用しなければならない“縛り”があるからだ。

 昨年11月にIP-VPNでWANを再構築した竹中工務店は,通信機器として使うルーターを「レンタル」で導入した。一般にルーターは「リース」で導入する例が多い。しかし,「リースだと4~6年は使い続けなければならない。レンタルの場合は,1年で別の製品に変更することも可能だ。変化が激しい時代なので,通信機器も柔軟に対応できるようにした」と,豆腐谷洋一インフォメーションマネジメントセンター課長代理IT適用技術担当は説明する。清水建設の伊藤グループ長も,「自前で通信機器や通信回線を持つことのリスクは,従来と比べてはるかに大きくなっている」と指摘する。

コスト削減主義から脱却せよ
図2●東京と大阪の2拠点間を接続する場合の1Mビット/秒当たりの通信料金の比較。IP-VPNや広域LANなどの新しいサービスを利用した場合,拠点数が多くなれば,コスト削減効果はさらに大きくなる

 通信サービスの選択がますます難しくなる中で,企業が今後の柱に据えるべきは“業務ありき”の発想だ。これまで企業ネットワークと言えば,とかく通信コストの削減ばかりが重視されてきた。もちろん,コスト削減は重要な要件の一つであることに変わりはない。しかし,最近になって登場したサービスは,いずれも帯域)当たりの通信料金が安い(図2[拡大表示])。特にIP-VPNや広域LANといった,メッシュ型(網目型)のネットワーク構築が容易なサービスは,拠点数が多ければ多いほどコスト削減効果が大きくなる。

 どのサービスを使ってもコストを削減できるとなれば,選択の決め手は「自社の業務要件に適しているかどうか」となるのは当然だろう。実際,「ネットワークは業務を支える重要なインフラ」と位置づけ,「業務の改革」を目的としてネットワークを刷新する企業が続々と登場している。今こそ,コスト削減主義の考え方から脱却し,業務の観点から必要なサービスを選んでネットワークを構築すべきだ。

 東京三菱銀行は今年4月,都市銀行としては初めて広域LANを使い,全国の営業店を接続するネットワークの構築を開始した。2003年3月までに移行を完了する。同行の新ネットワークは,すべての営業店にアクセス回線(1Mまたは3Mビット/秒)を2本引き,異なる通信事業者2社の広域LANに1本ずつ接続するという,ぜいたくな構成である。これは,高い信頼性が必要な勘定系のデータも新ネットワークで伝送するためだが,同行システム部の中村光孝部長(チーフITアーキテクト)はもう一つの理由として,「全国の営業店を広帯域の回線で接続し,顧客へのサービスを一層充実させる目的があった」ことを挙げる。例えば,本店にいる専門のスタッフが,営業店を訪れた顧客に対して難しい融資の判断をネットワーク経由で行う,といったサービスを想定している。

 鹿島は今年3月に,IP-VPNを利用したネットワークを全国の拠点に張り巡らせた。これは2000年から同社が進めてきた業務改革プロジェクトの一環で,基幹システムを従来のメインフレームからオープン系サーバーに移行し,同時に人事管理や建設作業の契約管理,会計管理などの業務改革を進めるものだ。「IP-VPNによるメッシュ型のネットワークで,全国の拠点から本社のサーバーを利用できるようになった。これで,従来はばらつきのあった業務手順を統一することが可能になる」(鹿島の菊地佳久ITソリューション部企画管理グループ主事)。

 日興コーディアルグループはIP-VPNを,新光証券は広域LANをそれぞれ利用して,全国の拠点を接続した。日興コーディアルは全国のグループ企業の社員に対し,持ち株会社の社長からのメッセージや研修用の動画コンテンツを配信している。一方の新光証券はeラーニング)の導入を進めている。「eラーニングによって単純に研修コストを削減するだけでなく,向上心のある社員にいつでも学べる場を提供したい」と,新光証券の秋山芳昭執行役員IT戦略部長は意気込む。

異なるサービスを併用する

 通信サービスを選ぶにあたっては,何も一つにこだわる必要はない。細かく見れば,どのサービスにも一長一短がある。自社の業務形態に合うサービスをいくつか選択し,うまく組み合わせて使うのも賢い方法だ。

 例えば,広域LANは広帯域の回線を低料金で利用できるが,現時点ではサービス提供地域が主に大都市に限られている。これをカバーするために,より提供地域の広いIP-VPNやインターネットVPN)を組み合わせる。実際にライオンは,通信量の多い拠点に限定して広域LANを導入し,ほかの拠点はIP-VPNを利用している。

 清水建設,大成建設,鹿島の各建設大手は常時,建設現場の作業所を平均して1000カ所以上も管理している。そのため,これらの作業所はインターネットVPNで接続し,本社と支店などを接続する基幹ネットワークにはATM専用線やIP-VPN,広域LANといったサービスを採用している。

 このほか,通信サービスの導入時には,思いがけないトラブルが発生する可能性もあることに注意すべきだ。特に,登場したばかりの新しいサービスでは回線の障害や,開通までに時間がかかるといった問題が起こり得る。ただし,東京三菱銀行の中村部長は,「事前のテストとプロジェクト管理を徹底すれば,トラブルは怖くない」と言い切る。以下では,新しい通信サービスを積極的に選択・導入し,業務に活用している企業の“最適解”への取り組みを見てみよう。


続きは日経コンピュータ2002年7月15日号をお読み下さい。この号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。




 「企業ネット構築」というタイトルですが,真の目的は業務における“活用”にあります。ネットワークの刷新を果たした企業の担当者は,「新しいネットワークで,今まで実現できなかった様々なシステムを構築できる」と,期待を口々に語っていました。どういったシステムで,どう活用されるのか,今後も取材を続けたいと思いました。(坂口)