企業が会計や人事,販売管理などの基幹系システムを再構築する際に,もはや当たり前の道具となっているERPパッケージ(統合業務パッケージ)。その導入には多大な労力を要する。それだけで手一杯になる企業も少なくない。しかし,導入すなわちゴールではない。ERPパッケージの実力を引き出せるかどうかは,“導入後”にかかっていることを忘れてはならない。先進ユーザーは血のにじむ思いで,ERPパッケージ導入後のプロジェクトを遂行している。その奮闘ぶりを追った。

戸川 尚樹

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本記事は日経コンピュータ2002年7月1日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 いま日本では「第2次ERPパッケージ・ブーム」とでも呼ぶべき現象が巻き起こっている。ミック経済研究所(東京都港区)が2002年5月に実施した調査結果によると,国内における2001年のERPパッケージの出荷金額は前年比135.5 %。今後も高成長が期待できるという。

 このようにERPパッケージを新規導入する企業が増える一方で,ERPパッケージの先進ユーザーの多くが,当初の期待通りに効果が上がらず,頭を悩ませている。中でも,特に重大なのは,「業務改革ができていない」という課題だ。そうした現実をきちんと受け止め,ERPパッケージ導入後に,業務改革に再挑戦するユーザーもいる。

ERP導入を“失敗”と評価

 「最新のIT(情報技術)でシステムを整備できた点は,とても喜ばしいことだ」。こう話すのは,主に化学製品向け原材料を扱う海運大手,東京マリン(東京都中央区)の桑野訓さとし社長である。桑野社長は続ける。「しかし,私の立場から見れば,新基幹系システム構築プロジェクトは失敗だったと言わざるを得ない」。

 東京マリンは日本ピープルソフト(東京都世田谷区)のERPパッケージ(統合業務パッケージ)を利用し,1999年6月から丸1年かけて基幹系システムを刷新。2000年7月に全面稼働させた。新システムは現在も安定稼働している。

 ところが,桑野社長は新システムを“失敗”と厳しく評価した。「システムは動いたが,業務改革という本来の目的を達成できなかった」(桑野社長)というのが理由である。

 東京マリンは桑野社長の号令のもと,この7月から全社的な業務改革プロジェクトを開始。「今度こそ業務プロセス全体を見直し,市場に俊敏に対応できる風土を根付かせる」。桑野社長は不退転の覚悟で挑む。

 三井金属鉱業やパイオニアも,ERPパッケージの導入後に新たなプロジェクトを開始している。三井金属は連結決済に要する期間短縮を狙ったプロジェクトを開始。パイオニアは来年秋をメドに,ERPパッケージを基盤にして全世界共通のSCM(サプライチェーン管理)システムを構築する計画だ。このほか続々と先進ユーザーが次の一手を打っている。

本当の勝負はERPの“導入後”
図2●ERPパッケージを適用したシステムが稼働した後も,企業は「あるべき姿」を目指して,業務改革とシステム改善を継続しなくてはいけない

 ERPパッケージの導入には多大な困難が伴う―。この意見に異を唱える企業は皆無に近いだろう。会社全体にわたる業務プロセスの見直し,新しい業務プロセスとERPパッケージが備えるプロセスとの擦り合わせ,ERPパッケージの設定や追加プログラムの開発,データ移行,既存システムとの連携,テスト,新システムや新たな業務プロセスを根付かせるためのユーザー教育…。ERPパッケージの導入プロジェクトに参加したシステム担当者が,「達成感はあるが,心身ともに疲れ果てる。あんなプロジェクトはできれば二度とやりたくない」とつぶやくのも無理はない。

 にもかかわらず,東京マリンや三井金属,パイオニアのように,導入プロジェクトの疲れをいやす間もなく,さらなるプロジェクトを立ち上げるERPパッケージの先進ユーザーが,急増している。ERPパッケージを導入しただけでは,経営トップが掲げる当初の目標に到達することはまず不可能だからだ(図2[拡大表示])。

 ERPパッケージを導入して無事に稼働できたとしても,プロジェクトは「終わらない」。ERPパッケージの実力を引き出せるかどうかは,むしろ“導入後”にかかっていると言っても過言ではない。ERPパッケージを新規導入する,あるいは導入を検討している企業は,まずそのことを肝に銘じておくべきだろう。

業務改革やSCMをERP導入後に進める

 ERPパッケージの先進ユーザーが手がけている導入後のプロジェクトは,大きく二つに分かれる。一つは,業務改革を推進するプロジェクト。もう一つは,「ERPシステム」を基盤にして,SCMやデータ分析など新たな機能や仕組みを追加するというものだ。

 前者は,東京マリンや三井金属に加えて,沖電気工業の沼津工場などが進めている。ERPパッケージを導入後に,改めて業務改革プロジェクトを立ち上げる企業が多いのは,「ERPパッケージの導入と業務改革を同時並行で進めることは容易ではない。『業務改革はすんだ』と言っている企業でも,実は妥協しているケースが多い」(ERPパッケージ事業を手がける東洋ビジネスエンジニアリングの中村尚志特別顧問)ためである。

 こうした状況は欧米も同じだ。「欧米でもERPパッケージ導入後に『理想型』に変身できたユーザー企業は少ない」。ERPの権威である米アクセンチュア戦略的変革研究所所長のトーマス・ダベンポート氏(インタビュー参照)はこう指摘する。「ERPパッケージの導入が終わったという欧米のユーザー企業を調査した結果,業務改革をきちんとやり抜き,理想の姿になっている企業はかなり少ないことが分かった。私自身,『ERPパッケージの導入と同時に業務プロセスを徹底して見直すべきだ』ということを提唱していただけに,この状況にはショックを受けた」。

 ERPパッケージを採用する企業は通常,パッケージを導入する時点で現状の業務プロセスを見直し,必要に応じて改変する。この作業を完ぺきにこなせるのであれば,ERPパッケージを使ったシステムが完成した時点で業務改革も完了するはずだ。ところが実際には,ERPパッケージを導入するにあたって,システム上の課題を解決するのに手一杯で,業務改革まで手が回らない場合が大半である。それでは,東京マリンのように経営トップに「失敗」のらく印を押されてしまう。

 後者の導入後プロジェクトとしては,パイオニアのほか,九州松下電器,日本航空電子工業などがSCMシステムやデータ分析システムに取り組んでいる。

土台があるので心配することはない

 ERPパッケージを「強い企業」を実現するための強力なツールにするためには,ERPパッケージの導入だけでなく,その後も長く格闘しなければならない。そう聞くと,システム部門や業務部門の担当者はお先真っ暗に感じてしまうかもしれない。しかし,心配するには及ばない。

 導入時点で“土台”となるシステムは出来上がっているので,導入後プロジェクトは,やり方次第で手間を軽減できる。ERPパッケージ事情に詳しいデロイト トーマツ コンサルティング(東京都港区)の北沢敏行IES統括責任者は,「業務プロセスをきちんと見直して,ERPシステムを完成させた企業は,業務改革やそれに伴うシステムの機能の追加,改良をしやすい環境が整っている」と指摘する。ERPパッケージを導入済みの九州松下電器の濱田憲一常務は,「手作りの従来システムと比べると,業務プロセスの見直しやシステムの機能追加や変更にかかる手間を大幅に少なくできている」と満足気だ。


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 本特集の取材を通じて,やはりシステム部門の役割はますます重要になっていると感じました。ERPパッケージの先進ユーザーを取材してみると,業務全体を見渡せるシステム部門の役割をきちんと果たしているケースが着実に増えていることが分かります。具体的には,システム部門が,ソフトのバージョンアップやサーバーの管理というシステム・メンテナンスの作業だけにとどまらず,ビジネス強化の視点で,業務の見直しを利用部門に促したり,それに伴うシステム改善をコツコツと継続しているのです。「おまえが知らないだけで,我々システム部門も活躍しているぞ」というかた,ご連絡をお待ちしております。ぜひ取材させてください。(戸川)