景気の低迷が続き,先行きが不透明な時代。企業はIT(情報技術)を積極的に活用し,自ら改革を断行しなければ生き残っていけない。すなわち,いま企業に求められているのは「ITルネッサンス(再生)」の実践だ。
 しかし,昨今の「IT革命」などと称するブームに踊らされていては,企業再生の道は開けない。単に流行のITや有名ブランドの製品を導入しただけでは,成功はおぼつかない。自社にとってITとは何か,何のためにITを使うのか-。このような「本質」をとことん見極めることが大前提であり,企業情報システム構築の原点である。
 いまこそ企業はこうした原点に立ち返り,自社にとって本当に役立つシステムを,身の丈に合った手段で作り上げ,徹底的に使いこなしていくべきだ。先進ユーザー各社への取材を基に,「ITルネッサンス」への道を探った。

戸川 尚樹,大和田 尚孝,杉山 裕幸


本記事は日経コンピュータ2002年4月8日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


企業にとって「IT」とは何か
 今,多くの企業が生き残りをかけて経営改革に取り組んでいる。日本を代表する製造業の松下電器産業といえども例外ではない。

 同社は2002年3月期に,上場後初の連結営業赤字に転落する見込みだ。そのため現在,人員削減や組織体制の見直しに注力すると同時に,新しい情報システム基盤の確立を急いでいる。具体的には,2001年4月から2004年3月までの3年計画で,総額1400億円を投じ,8件のシステム開発プロジェクトを進行中だ。これらのプロジェクトを取りまとめる松下電器の牧田孝衞情報システム担当理事は,「経営改革に必須のシステムがすでに稼働し,大きな貢献をもたらしている」と語る。

 そのシステムとは,2001年4月から稼働させた企業内ポータルの「i-EPOCH」だ。これを使えば,経理・総務・人事関連の業務をすべてWebブラウザ上で処理できる。現在i-EPOCHは,松下電器本体とグループ企業の社員も含め,1日10万人がアクセスする情報インフラになっている。

 牧田理事は「i-EPOCHなくしては,早期退職制度を実施したり,組織変更やそれに伴う人員の再配置を円滑に行うことはできない」と言い切る。松下電器の2002年3月期の早期退職者は,グループ全体で1万3000人にも達する。それでもi-EPOCHのおかげで,「残る社員にとって,経理・人事・総務などの業務負担が重くなったり,現場が混乱することは一切ない」(同)。

 たとえ今は業績が好調な企業でも,明日はどうなるか分からない。“強い企業”の代表格である警備保障最大手のセコムは,現状に甘んじることなく,絶えず改革し続ける先進企業の1社だ。改革の都度,社内の情報システムもきちんと見直している。

 セコムの木村昌平社長は,「社内の業務プロセスやそれを反映した情報システムは,必ず数年でアカがたまる。問題が顕在化してからでは手遅れだ。業務プロセスや情報システムを絶えず見直して,刷新していく必要がある」と強調する。セコムは現在,「業務スピードを2倍に高めること」を目標に掲げ,抜本的な業務改革と基幹系システムの再構築を進めている。

ITを使って“ルネッサンス”

 国内では景気の低迷が長く続き,世の中全体に沈滞ムードが漂っている。覇気もない。こうした時代には,発想の転換が必要だ。これだけ状況が悪い今こそ,人がやらないことを断行するチャンスである。そして,改革を断行するには「IT(情報技術)」を積極的に活用することが欠かせない。

 では企業にとって,そもそもITとは何なのか。ユーザー企業のシステム担当者の多くは,「ITは経営のための道具」だという。直訳すればITは情報技術であるから,「技術は何らかの目的を達成するための道具」という理解は間違ってはいない。しかし道具と言っても,ITは例えば文字を書くための「鉛筆」と同じレベルのものかと言えば,決してそうではない。

 企業を取り巻く環境が急激に変化し,それだけITの位置付けも以前とは違ったものになっている。本誌は今回の取材で,「ITは,企業経営のあり方を抜本的に変えるほどの可能性を秘めた“経営資源”ととらえるべき」という声を何度も聞いた。

 松下電器の牧田理事はこんな持論を披露する。「ITのIにはInnovation(イノベーション),TにはTransformation(トランスフォーメーション)という意味が込められている」。イノベーションには,「新機軸」や「革新」といった意味がある。トランスフォーメーションの和訳は「変形」,「変質」だ。さらに牧田理事は「企業文化や組織体制,業務プロセスなど,何かを改革しようとすれば,ITに関する議論は避けて通れない」と続ける。

 多くの企業が景気低迷にあえぐ中,ITをうまく活用することで,着実に利益を上げている元気な企業もある。ダイキン工業がそれだ。同社の好調を支えている大きな要因の一つは,家庭用エアコンの生産工場で2000年春から導入したサプライチェーン管理システムの活用である。

 ダイキン工業の主力工場の一つ,滋賀製作所では,生産計画の立案にかかるリードタイムを業界最短の3日間に短縮し,市場の急速な需要変動に対応できる生産体制を築いた。これは,現場の部品調達や生産体制を見直し,抜本的な業務改革を断行して,サプライチェーン管理システムを作り上げた成果である。同社は現在,ここで確立した業務プロセスと情報システムを,海外の生産拠点にも展開している最中だ。

 ダイキン工業の例を見ても分かるように,企業にとってITが経営を支援するための資源であり,強力な手段であることは間違いない。そこで本誌は2002年のキーワードとして「ITルネッサンス(再生)」を提案する。ITルネッサンスとは,ITを積極的に活用し,自らが改革を断行して,企業再生の道を切り開くことである。

(中略)
七つのポイントを押さえる
図3●「ITルネッサンス」を実現するための七つのポイント

 ITや企業情報システムの本質は見極めたとして,では具体的に何をどうすれば,ITルネッサンスを実現できるのか-。先進ユーザー各社への取材を通じて,大きく七つのポイントが浮かび上がった(図3[拡大表示])。

 まずは「全社一丸となって,情報システム化を推進する」という気概を持ち,しかるべき体制を確立することだ。メガネ専門店チェーンの最大手である三城の藤江龍登執行役員情報システム担当チーフは,「システム化を進める際に,全社一丸となってやるのは当たり前。構築するシステムの性格によって,“中心人物”が違ってくるだけのことだ」と断言する。また,シャープの赤穂谷住蔵IT戦略企画室室長は「全社業務にまたがる重要なシステムは,トップダウンで敢行するのが鉄則だ」と話す。

 今,システム部門の役割や使命も大きく変わってきている。システム部門は,今まで以上に業務知識を高めながら,ITスキルもバランスよく備えた集団に変身していかなければならない。システム部門に元気のない企業は,先が知れている。

 ブリヂストンで32年もの間,システム担当者だった経験を持つ佐伯正勝氏は,「業務を効率化するだけのために情報システムを作る時代はとうに過ぎており,新しい発想でシステムを作らなければ企業は立ち行かなくなる」と指摘する。企業の資産を最大化すべく情報システムを作り,使いこなす時代を迎えているのだ。KPMGコンサルティング(東京都千代田区)の奥井規晶代表取締役は,「これまで多くの企業がシステムを作ることだけに必死だった。これからは,作ったシステムをどう使いこなしていけるかの勝負になる」と語る。

 このほか,情報システムを構築する上で必要になる製品選定のポイントや,プロジェクトマネジメントの勘所なども含め,最新事例を交えながら以下で紹介していこう。


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