Linuxに対する“偏見”を捨て去るときが来た。確かにLinuxの発祥は「大学生が仲間と作ったUNIX類似の無償OS」である。しかし,今のLinuxはその枠を大きく越えている。ベンダーのサポート体制が整備された結果,普通の企業でも安心して使えるOSになった。中小規模ではあるが,基幹業務システムの中核部分にLinuxを使うユーザーは急速に増えている。より大規模な基幹業務システムにLinuxを利用する機運も高まってきた。
 Linuxに挑戦したユーザー企業は「バージョンアップの影響を最小限にくい止められる」と評価する一方で,課題も指摘する。エンタープライズLinuxの最前線を追った。

矢口 竜太郎


本記事は日経コンピュータ2002年5月20日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 セメント業界トップの太平洋セメントは今年3月,販売・物流システムの刷新を終えた。全国10支店にあるオフコン(富士通のKシリーズ)を,Linuxを搭載したパソコン・サーバーにリプレースした。

 このシステムは販売店からの注文を受け付けて,全国200カ所のセメント出荷場に出荷指示を出すためのもの。「ダウンしたら日々の出荷業務ができなくなる」(情報システム部の新堀祐司参事)ほど,重要な役割を果たす。

 それだけに「当初はLinuxを使うことに不安があった」と,新堀参事は明かす。プラットフォームを選定した2000年秋の段階では,ミッション・クリティカルな業務システムのサーバーOSとしてLinuxを使った事例はあまりなかったからだ。

 太平洋セメントは「導入コストをできるだけ抑えたい」(新堀参事)と考えていた。しかし,一時は,UNIXサーバーの採用に傾きかけた。「Linuxよりコスト高になるが,信頼性は実証済みだった」(同)からだ。Linuxと同じくパソコン・サーバー上で動作するWindowsは「当時の最新版だったNT4.0の安定性に不安があったため,検討対象から外した」(同)。

 悩んだ末に,太平洋セメントはLinuxを選んだ。同社と付き合いの深い富士通が技術サポート契約の締結を前提に,Linuxの安定稼働を保証したことが,決断を後押しした。

 Linuxは太平洋セメントの期待に見事に応えた。システム子会社のパシフィックシステムは,富士通の支援を受けて,スムーズに開発を進めた。

 完成したシステムの品質も高かった。太平洋セメントは昨年7月から8カ月をかけて全国の支店にシステムを順次展開したが,「今のところ,Linux自体が原因のトラブルは皆無」(新堀参事)と言う。

 「今回の経験を踏まえて,他の業務システムにも積極的にLinuxを採用していきたい」。新堀参事はこう宣言する。LinuxはUNIX,Windowsと並ぶ,同社の標準オープン系OSの地位を勝ち取った。

助走を終えて,“普通のOS”に

表1●Linuxを使って業務システムを構築した企業の例。
「導入コストの削減」以外の採用理由を挙げる企業も目立つ
 「世界中のボランティアが開発に協力」,「ソースコードは完全公開」,「だれでも無償で利用できる」―。オープンソース文化の旗手として90年代後半から注目を集めたLinuxが,企業情報システムの世界で飛躍の時を迎えている。

 太平洋セメントのように,基幹業務システムのサーバーOSにLinuxを使うシステムが目立って増えてきた(表1[拡大表示])。それに伴って,Linuxの適用分野や導入パターンも変わった。

 最近の導入事例を見ると,“普通”のユーザー企業がWebアプリケーション・サーバーやデータベース・サーバーといった業務システムの中核部分にLinuxを使い始めていることが分かる。Linuxに詳しい技術者などがWebサーバーや部門のファイル/プリント・サーバーに,半ばゲリラ的に導入していた黎明期とは,様相が一変した。

 こうした変化の背景には,Linuxを取り巻く環境の整備がある。ここ1~2年で日本IBMやNEC,日立製作所,富士通,といった大手ベンダーはLinuxを使ったシステム向けの技術支援プログラムや保守プログラムなどを拡充した。Linuxに関する知識が乏しいユーザーでも安心して採用できる土壌ができた。

 Linux向けのソフトウエアもかなりそろってきた。「昨年半ばには,クラスタ・ソフトから運用管理に至る,システム構築に不可欠なミドルウエアで,主要製品のLinux版がほぼ出そろった」(VA Linux Systems ジャパンの上田 哲也社長)。

 1999年からLinuxを使ったシステム構築事業を手がけているアルゴ21の林 正昭SMS営業統括部営業二部部長は「Linuxに対するお客様の拒否反応は急速に薄れつつある。今では他の商用OSと同列に見なしてくれる。以前はある種“特別なOS”という認識が多かった」と証言する。同様の意見は,他のベンダーのLinux事業担当者からも聞かれる。

 今後,Linuxの活躍の場がいっそう広がるのは,ほぼ確実だ。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の2001年11月の調査によると,Linuxを「導入済み」,または「次年度に計画中」と回答した企業は,全体の51%に達した。

 長引く不況の影響で,システム・コストの削減は,企業の情報システム担当者にとって最優先事項になっている。「商用UNIXに迫る安定性を,安価なパソコン・サーバーで実現できる」(太平洋セメントの新堀参事)と評価されるLinuxの適用領域が拡大するのは,ある意味で「自然な流れ」と言える。一部の技術者や先進ユーザーは,Linuxの導入コストの安さを以前から高く評価していた。数年間の試用期間を経て,それが企業のシステム担当者にも,ようやく認知され始めた。

 しかし,導入コストはLinuxの魅力の一つに過ぎない。ユーザー企業は,他のOSにないLinux特有のメリットも評価している。同時に,Linuxの落とし穴も見えてきた。


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