「うまくいかない」と言われ続けてきた中国でのソフト開発が再び注目を集めはじめた。中国の急速な経済成長と国家的なソフトウエア産業の育成を背景に技術者のレベルが向上。WTO(世界貿易機関)への加盟も手伝って,先進国と変わらない自由な経済活動も可能になりつつある。そうしたなかで,コスト削減の圧力がますます強まる日本のIT企業は,製造業と同じようにソフト開発の中国シフトを強化している。
 しかし依然,日本と中国のあいだには言語や商慣習の壁があり,その影響を受けやすいソフト開発ではトラブルが絶えない。欧米のIT企業との人材獲得競争も激しさを増している。
 本特集では,難しい条件下でも何とか苦境を脱して成果を上げている日系ソフト会社,そして日本企業からのアウトソーシング先として実績を上げている現地の中国系ソフト会社にフォーカスし,現地徹底取材を敢行。具体的な事例を満載しながら,いまの中国の勢いを報告する。

井上 理


本記事は日経コンピュータ2002年6月3日号からの抜粋です。そのため図や表が一部割愛されていることをあらかじめご了承ください。なお本号のご購入はバックナンバー,または日経コンピュータの定期ご購読をご利用ください。


 いま,日本のIT業界では中国ブームが巻き起こっている。長引く不況の影響で,情報システムやパッケージなどソフト開発の低コスト化が厳しく求められているからだ。「中国市場に乗り遅れるな」といった焦燥感も手伝い,日本企業の目はますます中国に向いている。

 中国側も国家レベルでソフト産業の育成に注力しており,技術者の質と量は数年前に比べて飛躍的に伸びつつある。単なる企業誘致策などにとどまらず,人材の供給まで考慮した政策を実施。ソフトウエア工学科を設置する大学は,北京大学,清華大学,上海交通大学などの有力大学をはじめ全国に400校以上あり,同学科の学生数は40万人以上もいると言われている。

相次ぐ中国ビジネスの強化

 実際に中国でのソフト開発を強化する企業が増えている()。Java部品の普及を推進するイーシー・ワンは今年4月,北京にJavaソフト開発の子会社「北京一希望信息技術有限公司」を設立した。加山幸浩社長は狙いを「中国で開発した低コストのJava部品をどんどん日本に持ってくる。中国市場も開拓する」と語る。コンサルティング会社のビジネスブレイン太田昭和も,3月から会計システムの開発を中国拠点に委託している。そのために今年1月末,中国にソフト開発拠点を持つ日本ハイテックを買収した。

 こうした自前で開発拠点を設ける「進出型」に加え,現地の中国系ソフト会社と資本提携や長期委託契約を結ぶことで自社向け開発要員を確保する「提携型」の動きも活発になってきた。例えばNTTデータ,NEC,日立ソフトの3社は今年4月,大連のソフト最大手,大連華信計算機技術有限公司に共同で出資した。

 なかでもNECは,最も積極的に中国シフトを進めており,2002年4月時点で同社が中国に確保している開発要員は2000人もいる。自前のソフト子会社もあるが,そのほとんどが提携先の中国系ソフト会社の開発要員である。同社は2003年までに3000人規模に拡大する計画だ。

 東芝も,中国最大のソフト会社である東軟集団に資本参加をすることを決め,今年10月をメドに手続きを完了させる見通しだ。東軟集団はグループ全体で3000人の開発要員を抱える。

社名 時期 形態 強化の内容
NEC 2001年7月 進出型 中国子会社「日電系統集成(中国)有限公司」などの開発センターを新たに大連・西安に新設
富士通 2001年9月 進出型 中国子会社「富士通(西安)系統工程有限公司」を設立
東芝,アルパイン 2002年1月 提携型 中国ソフト最大手の「東軟集団公司(NUESOFT)」との資本提携を決める
イーシー・ワン 2002年3月 進出型 中国子会社「北京一希望信息技術有限公司」を設立
NTTデータ,NEC,日立ソフト 2002年4月 提携型 中国・大連市ソフト最大手の「大連華信計算技術有限公司(DHC)」と資本提携
表●2001年後半から今年にかけて,中国でのソフト開発を強化した主なベンダー。
その形態は,自ら中国に乗り込み自前で開発拠点を設ける「進出型」と,現地の有力企業と資本提携などをして開発リソースを確保する「提携型」に分かれる
中国ソフト開発は甘くない

 このようにソフトウエア産業も製造業を追うように中国シフトを急速に進めている。だが中国ソフト開発は簡単にはうまく行かないことを肝に銘じておいたほうが良い。

 すでに日本のIT企業は1980年代末から中国への進出を始めている。しかし,日系の中国ソフト子会社は,言語や商慣習の違い,技術力不足といった壁に直面し「納期の遅れ」や「バグの頻出」,「仕様を満足しない成果物」に悩まされた。

 90年代後半からは,日本のみならず欧米企業,急成長する中国企業が三つどもえで中国人技術者の獲得合戦を繰り広げ,人材不足と人件費の上昇を招いている。たとえ優秀な人材を確保し育成しても,すぐに転職してしまうことが多い。

 現地技術者の研修費・人件費に加えて本社社員の出向手当・出張費用などがかさむため,進出済みの各社は「中国に行けばコスト・メリットが得られるという甘い世界ではない」ことを痛感している。1992年から中国でのソフト開発に取り組んでいる日立製作所は,「中国で抱えている開発要員はまだ100人規模。日立本社の利益に貢献しているとは言えない」(国際ITビジネス本部の杉井敏夫本部長)と打ち明ける。

中国の壁を乗り越えた日系ソフト会社
図●中国ソフト開発の壁,悩み,そして解決策。
中国系ソフト会社の急成長で,最近は中国系ソフト会社と資本提携や長期委託契約を結ぶ日本企業が増えている

 しかしこうした状況下でも,独自の工夫や解決策によって苦境から脱し,日本の本社に貢献する日系ソフト会社が出てきた(参照[拡大表示])。

 実績を上げている日系ソフト会社の解決策は,大きく三つに分類される。一つは,「事業分野を絞る」こと。これは,親会社向けソフト工場としてコスト競争力をつける道だ。NECの中国ソフト子会社である日電系統集成(中国)公司(NECSI)が昨年7月に新設した大連開発センターは,放送業界向けのシステム開発に集中。現在,スカイパーフェクト・コミュニケーションズなど大手顧客向けの複数プロジェクトを同時進行させ,規模拡大によるコスト・メリットを得ることに成功している。

 二つ目は,「現地化する」こと。親会社から自立した強い中国ソフト会社を目指す道だ。自立経営をすることで従業員の士気が高まり,ソフト会社としての力が付く。コールセンター大手トランス・コスモスの中国子会社,大宇宙信息創造(中国)有限公司は,日本人から中国人へのトップ交代を機に現地化を促進。従業員のチームワークが高まり,コクヨ向けファクシミリ受注システムを要件定義から請け負い開発した。

 三つ目は,「頭脳集団を目指す」こと。徹底して技術力を追求して親会社の研究開発部門の一翼を担う道だ。インターネット関連のベンチャーであるオン・ザ・エッヂの中国子会社,英極軟件開発(大連)有限公司は,徹底して技術力を高めることで,インスタント・メッセージング・ソフトなどを中国側だけで作り上げた。

 第1部では,こうして成果を上げた日系ソフト会社7社が“中国の壁”を乗り越えた軌跡を紹介する。

中国系ソフト会社活用でも大きな成果

 日系ソフト会社が成果を上げる一方で,中国系ソフト会社も日本向けソフト開発事業で成果や実績を積み重ねているところが増えてきた。例えば,東芝が資本提携を決めた東軟集団は,日本の電子政府のプロジェクトに基本設計から参加した実績がある。中国系ソフト会社も技術力や日本語能力,日本の業務への理解力などを急速に高め,日本企業の信頼を勝ち取ってきた。

 中国系ソフト会社と提携する日本企業が増えているのは,このためだ。第2部では,日本企業が囲い込もうと躍起になっている有力な中国系ソフト会社4社を日本企業との関係も含めて紹介する。

 第3部では,日本のIT企業から中国ソフト開発の進出先として大きな注目を集めている大連を紹介する。大連はソフトウエア産業の育成と日本からのIT企業の誘致に最も力を入れている中国の都市だ。大学新設など人材育成も含めたソフト産業育成に取り組んでいる姿を見ることができる。


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