米クレイは、1976年の「Cray-1」出荷以来、約30年間をスーパー・コンピュータの歴史と共に歩んできた専業メーカーだ。Linux搭載の低価格機が好調な同社は、今後、ハイエンド機まですべての製品にLinuxを搭載する計画だという。5月末に来日したジェームス・ロットソルク会長兼CEOに、その理由を聞いた。

--スパコンのメーカーがLinux搭載に取り組む理由とは?

 これまで、クレイは独自仕様のUNIX「UNICOS」を使ってきた。しかしLinuxが今のように広範な支持を得ている中で、今後、独自のOSを維持していくことは開発資源の無駄になる。Linuxの応用範囲は組み込み機器から大型コンピュータまで広がっており、スパコンだけが採用しない理由はない。

 昨年、Linux搭載スパコンを手掛けていたベンチャ企業、米オクティガベイ・システムズを買収したのは、こうした戦略の一環だ。既に今年1月から、オクティガベイの技術を基に開発したスカラー型ローエンド機「XD1」を出荷している。まだ市場に出したばかりだが、受注は好調だ。

 2006年秋から2007年にかけて出荷する製品は、ローエンド機からハイエンド機まで、Linuxを採用した「Rainier(レイニア)」と呼ぶ基本設計で統一する。既にLinuxを搭載している「XD1」はもちろん、現在はUNICOSを搭載しているハイエンド機の「XT3」(スカラー型)や「X1E」(ベクトル型)も、後継機はRainierに基づいたものになる。

 Rainierは、電源やハードディスク、ネットワーク・インタフェースなどを搭載した筐体に、プロセサや周辺回路を搭載したブレードを差し込んで使う。ベクトル型のブレード「BlackWidow」と、スカラー型のブレード「Adams」を用意する予定で、1台のマシンに両方挿して使うこともできる。

 ピーク性能は、現行機種のXT3が最大構成で147テラFLOPS(浮動小数点演算/秒)なのに対して、Rainierでは500テラFLOPSを超える。さらに、2010年に出荷するその後継機「Cascade(カスケード)」では、1ペタFLOPSを実現する予定だ。

--Linuxの搭載で、従来のアプリケーションとの互換性やクレイ独自の機能が損なわれないのか。

 そうならないように、さまざまな手を打っている。互換性に関しては、UNICOSが備えていたAPIをLinuxに移植することで、顧客が使ってきたアプリケーションの多くが動くようにした。また、クレイ独自の機能として、複数のプロセサを10ミリ秒単位で同期させる機能をOS側に組み込み、ハードウエアと連携してリアルタイム性を確保できるようにした。

 開発したソースコードは、可能な限りLinuxコミュニティに還元していく。クレイのハードウエアにあまり依存するコードは公開しても仕方ないが。

--スパコンの低価格化が進む中で、将来への展望はあるのか。

 確かに、過去15年間にわたり、スパコンの価格は下がり続けている。しかし、出荷台数はローエンド機を中心に増えている。スパコン市場は年間50~70億ドルで拡大傾向にあり、ダウンサイジングが進んでも決して消えることはない。

 従来、スパコンの主な顧客といえば、大学や研究機関、そして衝突解析などの計算処理を必要とする自動車会社だった。彼らが買うのは中心価格帯が600万~700万ドルもするX1Eなどのハイエンド機だ。

 ところが、最近はローエンド機のXD1がよく売れている。最小構成で約4万ドル、中心価格帯が50万ドル前後と安く、これまでスパコンを使うことのなかった、新しい顧客から引き合いが来ている。低価格のスパコンが登場したことで、バイオ・テクノロジの技術開発でベンチャが大企業と対等に渡り合えるようになった。これからはもっと多くの企業が、部門単位でスパコンを導入することになる。

 米国では、これまでスパコンに縁が薄かった分野の顧客を開拓するため、代理店チャネルの開拓に乗り出している。近いうちに日本でも、2、3社の代理店を発表できるだろう。

--パソコンによる大規模クラスタやグリッドがライバルになると見る向きもあるが。

 クレイは1社でOSからハード、機器間の相互接続まですべてサポートできる。パソコン・グリッドでは、トラブルの際にパソコンや周辺機器、グリッド・ソフトのベンダーをかき集めないと対応できない。100~200プロセサのクラスになると、運用面での差は決定的だ。

(聞き手は本間 純=日経コンピュータ)