巨大銀行や航空管制システムの障害、組み込みソフトのバグによる自動車のリコール…。品質管理工学の専門家、武蔵工業大学の兼子毅講師は「国産ソフトの品質低下は深刻。海外企業からは、日本企業に学ぶものはないとの声も出ている」と指摘する。日本科学技術連盟(日科技連)でソフトウエア生産管理委員会の副委員長を務める同氏に、その現状と解決策を聞いた。

――国内ソフト産業の将来に危機感を感じる理由は
 残念ながら、海外から日本のソフトウエア産業に寄せられる関心が、この10年間で確実に薄れつつあると感じている。日科技連では、米国や欧州の先進企業や研究機関に学ぶ視察旅行を毎年実施している。90年代までは訪問を申し込むと「日本の話をぜひ聞かせて欲しい」と歓迎されたが、ここ数年は断られることが多くなった。日本の景気低迷の影響もあるが、本当の理由は、我が国のソフト産業が国際競争力を失いつつあることだ。欧米企業は「もう日本から学ぶことは何もない」と考えているようだ。

 欧米の関心はもっぱら中国に向かっている。まだ中国のソフト産業は発展途上だが、その実力は決して侮れない。人民元の切り上げでコスト競争力がなくなっても品質で戦えるように、業務時間終了後に各職場でQCサークルを開催する企業もあるほどだ。「カイゼン」はいまや日本の専売特許ではない。国内のソフト会社がこうした実態をどこまで知り、国際競争力低下の危機を認識しているのか疑問だ。

――なぜ、こうなってしまったのか
 以前の日本には、高信頼性のソフト開発のノウハウが息づいていた。重厚長大型産業を支えてきた日立製作所などがメインフレーム向けに開発するアプリケーション・ソフトは、1000行あたりのバグ発生件数が、現在のオープン系システムの水準より2ケタ少なかった。当時は、コーディングに取り掛かる前に、机上でデータやロジックを徹底検証していた。

 ところが、オープン化とともに、日本企業は従来のノウハウを古臭いものとして捨て去った。マシンの高速化でコンパイル時間が短縮されたこともあり、「とりあえず組んで、バグが出たら直せばいいや」といった安直な考え方が開発現場に染み付いてしまった。皮肉にも、これまで日本の製造業の強みだった「品質」が、ソフト開発においては逆に弱点となっている。例えば組み込みソフトの品質低下は、自動車やデジタル家電のアキレス腱となっている。その影響は従来のソフト産業にとどまらない。

――事態の進行に歯止めをかけるには

 CMMなどの評価技法を使い品質改善に取り組む動きが見られる。しかし、品質管理を企業文化の中に根付かせる努力を積まない限り、形骸化が指摘されている「ISO9000」導入ブームの二の舞になりかねない。形にとらわれず、地道な改善を進めていくべきだ。

 改善のポイントは三つある。まずは、開発の各段階でシステムの完成度を評価し、確実に不具合を潰す「評価技術」。二つめは、ユーザー企業の意図を汲み取り、用件定義をうまくまとめるための「要求分析」。三つめは短期開発に即した「プロセス・マネジメント」である。その前提として必要なのは危機感を共有することだろう。

 日科技連が12月1日/2日に開催する「第23回 ソフトウェア生産における品質管理シンポジウム」では、以上の点を念頭に日本のソフト産業強化に向けて議論する。トヨタ自動車による車載ソフトの信頼性確保に向けた取り組みや、富士通総研によるソフト産業分析など、参加者のレベル・アップに役立つテーマを取り上げる予定だ。

本間 純=日経コンピュータ