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写真1
モバイル放送の溝口哲也社長
 東芝、韓国SKテレコム、トヨタ自動車などが出資しているモバイル放送は、5月20日、総務省から放送免許を取得し、事業化に向けて第一歩を踏み出した。今年7月から、日韓で携帯型テレビ端末やカーナビ向けの衛星放送サービスを無料で開始し、9月から有料化する。

 同社の設立は1998年5月。当初は2001年のサービス開始を目指していたが、準備期間は足かけ6年間に及んだ。昨年7月には、衛星の製造委託先だった米スペース・システムズ・ロラールが米連邦破産法第11条を申請して経営破綻したが、衛星は無事に引き渡されることになり、モバイル放送は今年3月に打ち上げを成功させた(関連記事)。

 モバイル放送の溝口哲也社長は、東芝でパソコンやデジタル家電分野の事業責任者を長年務めた人物(写真1)。1989年に世界初のノート・パソコン「DynaBook J-3100 SS001」を世に送り出したことで知られる。溝口氏に、専用チューナを搭載した携帯電話など、モバイル放送が描く構想について聞いた。

――国内初の事業に臨む気持ちは。

 携帯機器の市場育成にかかわってきた者の使命と考えて、昨年6月にモバイル放送の社長就任を引き受けた。モバイル放送は移動体向け、かつ全国放送になる。これらの特徴を兼ね備えたテレビやラジオは今までになく、大きなビジネス・チャンスがあると考えた。

 放送、通信などのインフラを作る仕事は投資額が大きく、確かにリスクが高い。しかし、私の場合はリスクがあるほど情熱が湧いてくる。パソコン、携帯電話もそうだが、新事業の立ち上げにはこうしたリスクが付きものだ。恐れるより、機器の信頼性を高めたり機器の調達コストを下げる努力をして、リスクをコントロールすることに頭を使ったほうがいい。

 

写真2
衛星打ち上げの様子
 今年3月の衛星打ち上げではさすがに気を揉んだ。もしここで失敗したら、部下たちの6年間の苦労が吹き飛んでしまう。打ち上げ直前には、伊勢神宮のほか、京都の飛行神社電電宮にお参りした。願いが届いたのか、米フロリダ州の基地で迎えた当日は晴天に恵まれ、ロケットは美しい軌跡を描いて飛んでいった(写真2)。米国側のスタッフは「ビューティフル」と繰り返していたよ。

 ――放送開始が予定より3年遅れたことの影響は。

 結果としては良い時期になったと思う。以前は資金調達やコスト、市場性などの点でモバイル放送の実現を疑問視する声が多かったが、時が問題を解決してくれた。ここまで漕ぎ着けられたのも、準備期間の間に三つの変化があったからだ。

 まず、韓国最大の携帯電話事業者、SKテレコムが我々の事業に参加したいと声をかけてくれたことだ。東芝につぐ大口出資者が現れたことで、衛星打ち上げ資金の調達にメドが付いた。2003年12月には、衛星を共同所有する契約を結んだ。こうして、モバイル放送は、日韓の共同事業となったわけだ。2カ国で事業を運営すれば投資の回収も早くなる。

 二つ目は、技術の進歩により、電波中継器「ギャップ・フィラー」のコストが削減できたこと。1998年当時は1基3000万円もしたが、今では汎用部品を組み合わせ、100万円位で製造できるようになった。今年6月末までに全国で2500基のギャップ・フィラーを設置する予定だ。これにより、高層ビルが乱立する都心部にも静止衛星の電波が届く。

 三つ目は、カーナビの普及や携帯電話の進化だ。カーナビの出荷台数は2003年で約300万台と、1998年当時の約2倍になった。1998年にはiモードもなかったが、今ではテレビ・チューナー搭載機種も販売されるほど、携帯電話の進化が進んだ(iモードのサービス開始は1999年2月)。モバイル放送普及の受け皿となる機器が格段に増えた。

――7月から始まる放送の内容は。

 当初のチャンネル編成は映像7、音声30、データ放送13チャンネル。具体的なチャンネル名は近く発表する。今年4月に、NHKの海老沢勝二会長が自社番組の提供を検討していると発言したことは心強い。

写真3
東芝製の受信端末
 今年7月の放送開始に合わせて、東芝、シャープが携帯型テレビ端末を発売する(
写真3
)。価格は5万円前後になるだろう。当初は無料放送とし、9月からは月額1000円~2千数百円の有料放送に移行する予定だ。2004年内には、モバイル放送の受信機を搭載したカー・オーディオが複数のメーカーから登場する。

 映像は384Kビット/秒のMPEG-4で、QVGA(320×240画素)。音声は48Kビット/秒のAAC。FM放送など比較にならない、いい音だ。端末が発売されたらぜひ店頭で聞いて欲しい。

――携帯電話への搭載も考えていると聞くが。

 韓国では、今年9月の有料放送開始までに、SKテレコムやサムスン・グループがモバイル放送のチューナを搭載した携帯電話を発売する予定だ。日本でも各携帯電話キャリアとの交渉が必要だが、2005年内にも携帯電話への搭載を実現したい。

 機器の小型化を実現するため、5チップ構成から2~3チップ構成へと集積度を高めた受信回路を開発中だ。家庭内のテレビやラジカセなど、あらゆる機器に埋め込めるサイズを目指す。木造家屋なら、ほぼ家中で放送を受信できる。オフィス・ビルでも、窓に面した部屋なら大丈夫だ。

 衛星の準備も順調に進んでいる。衛星のアンテナ展開が完了し、今年4月下旬から実験電波を発信しはじめた。試験装置を積んだ20数台の車で全国の高速道路、主要国道を走り回り、受信状況を調査している。資本金は現在358億円だが、近く500億円程度に増資したい。

――昨年12月に始まった地上波デジタル・テレビをどう思うか。

 始まったといっても、今の地上波デジタルの放送エリアは東京、名古屋、大阪を中心とした一部地域。総務省が2011年にアナログ放送を打ち切るとしたが、電波干渉対策の問題があり、まだまだ普及には時間がかかる。

 2005年末からは、地上波デジタルを手がける各放送局が、「1セグ」と呼ぶ携帯電話向けのテレビ放送を始めると聞く。しかし、良好な受信状態を確保するため、場所によってはテレビ塔を新設する必要が出てくる。全国への普及にはかなり時間がかかるだろう。

 一方、我々の電波は7月の放送開始時点から、全国津々浦々に届く。地上波放送と違い、放送エリアをまたぐ移動のときにチャネルを切り替える必要がない。モバイル放送には、十分にアドバンテージがあると考えている。

 モバイル放送と地上波デジタル放送ではコンテンツも異なり、ライバルになるとは思っていない。むしろ、地上波デジタルの1セグ放送が早く普及して欲しいと思っている。外出先で動画を見るというライフスタイルが消費者の中に定着していく中で、モバイル放送も抵抗なく受け入れられるのではないか。

(本間 純=日経コンピュータ)