「証券決済制度改革は着手から約5年を経て、新制度を議論する段階から、いよいよ新制度対応の実現フェーズに入った」(大和証券SMBCの吉田聡経営企画部次長)、「あと4~5年で、ペーパーレスの新制度が完成するだろう」(日本証券業協会 証券決済制度改革推進センターの杉本高啓課長)・・・。

 これらは、3月11日から開催されている「証券決済制度改革推進フォーラム」(主催:日本証券業協会 証券決済制度改革推進センター)のパネル・ディスカッション「証券決済制度改革の今後の展望 -市場参加者サイドからの考察-」での発言である。同パネルでは、証券取引のIT化を支える新インフラの整備のメドが立ったことを前提に、「コスト削減」、「参加企業の拡大」、それに方針がまだ固まらない「投資信託の決済の枠組み」などを課題として挙げる当事者からの指摘が相次いだ(写真[拡大表示])。

左から、大和証券SMBC経営企画部次長 吉田聡氏(モデレータ)、UFJ銀行決済業務部次長 曽我一彦氏、住友信託銀行証券業務部主任調査役 巽文夫氏、モルガン・スタンレー証券証券管理本部オペレーション部門エグゼクティブディレクター 中嶋典子氏、フィデリティ投信計理部部長 徳本進氏、日本証券業協会証券決済制度改革推進センター課長 杉本高啓氏

 株式、国債、社債、投信など有価証券の取り引きをIT利用で効率化するSTP処理(注1)や、迅速化するT+1決済(注2)、倒産などで取り引きが履行されないリスクを削減するDVP決済(注3)の実現を目指す「証券決済制度改革」。ここ2年でそのタイム・スケジュールが次々と固まってきた。

 この3月には、株券ペーパーレス化の法案が国会に提出された。順調に成立すれば2009年には上場・公開企業が一斉に、紙の株券を発行しなくてもよい新制度に移行する見込みだ(現状は株主などの要求があれば、紙の株券を発行する義務がある)。また昨年2003年1月の社債等振替法などの施行により、2008年1月までに、社債や投信などの取り引きをペーパーレス対応の新制度に完全移行することが必須となった。

 新制度では、商品ごとにばらばらだった決済制度が整理される(注4)。「注文・約定」業務は個々の市場参加者に委ねられるが、取引内容を確認する「照合」業務と、決済業務のうち証券の引き渡しにあたる「証券振替」業務を証券保管振替機構(ほふり)が担当(国債の「証券振替」だけは日本銀行が担当)。資金(代金)の決済(振替)業務は日銀ネットのインフラに一本化される。

 今回のパネルでは、これらの新制度の検討・推進役となっている日本証券業協会の証券決済制度改革推進会議のメンバーが登壇して、新制度への期待と課題を語った。

 新制度への期待としてパネリストからは、「商業銀行としては、口座管理機関(証券会社、銀行、信託銀行など)の階層構造化が可能になり、証券市場に参加する投資家のすそ野が拡大すること」(UFJ銀行決済業務部の曽我一彦次長)、「STP化に取り組んでいるが、すでに非居住者(外国人投資家)の取引では、DVPの実現や“ほふり”での照合機能が業務の標準化に役立ち、内部業務の大幅な効率化というメリットを実感している」(モルガン・スタンレー証券 証券管理本部オペレーション部門の中嶋典子エグゼクティブディレクター)などの声があがった。

 一方で、課題の指摘も厳しかった。第一に「清算業務(注5)が株式と国債だけで少なくとも3つの組織に分かれていて、効率上疑問だ」(大和証券SMBCの吉田氏)、「国内の投資家との取引では、メリットよりもコスト増がまだ大きい。参加者の少ない非居住者は標準化して事務の例外処理を減らす合意を形成できたが、国内の相手は数が多いこともあり合意がとれない」(モルガン・スタンレー証券の中嶋氏)、「国債の清算機関の利用料金がまだ提示されていないが、収支計画から推定すると手数料のレベルが信託銀行にとっては高すぎる見込みで利用できない」(住友信託銀行 証券業務部の巽 文夫主任調査役)など、コスト面の問題が指摘された。

 次いで、「残念ながら我々のような運用会社が、制度改革に当事者として参加している意識が乏しく対応が遅れ気味で、他の業態の足を引っ張っている」(フィデリティ投信 計理部の徳本進部長)など、新しい決済制度とそのインフラの利用者がまだ限られているという問題点が挙げられた。

 第3の問題として、投資信託の新取引制度がまだ大枠すら決まっていないまま、2008年1月というペーパーレス化の期限に向かっている点を危惧する声が多かった。「他の証券商品と違って、投信は市場で売買されることが少ない、1件あたり100万円台といった小額の商品がある、特殊な事務処理が多いなどの事情がある。他の商品と共通の仕組みを使う方式は、コスト高で見合わないことがはっきりしてきた。2月からは“ほふり”を利用するという前提を外して、集中的に検討を急いでいる」(住友信託銀行の巽氏)。

 なお「証券決済制度改革推進フォーラム」(於:東京証券会館)では、ITベンダーなど17社が証券業務向けのソリューションやパッケージを展示するブースを併設している。引き続き3月12日も、同じ東京証券会館で講演や展示が行われる。

注1 STP:Straight Through Processing。統一したデータ形式の利用により、約定から決済までの一連の業務を、人手での再入力なしに電子的に処理すること

注2 DVP:Delivery Versus Payment=資金証券同時決済=証券の引き渡しと代金の支払いを相互に条件付けて行う仕組み。日本では国債が94年、社債が98年、取引所での株式が2001年にDVP決済を実現ずみ。2004年5月のゴールデンウィーク明けには取引所以外での株取引もDVP決済が実現される予定で、証券保管振替機構でのシステムの最終テストが行われている

注3 T+1:Trade Date + 1。取引日の翌営業日の決済。日本の現状の決済サイクルは株式、国債、社債ともT+3である

注4 証券決済制度の将来のインフラ像についてはhttp://www.kessaicenter.com/kisha/hokoku125.pdfの4ページ目などを参照されたい

注5 「清算(clearing)」とは、引き渡す証券と支払い代金の額を、引き渡し/受け払いの決済(settlement)の前に計算して、確定させること

(千田 淳=日経コンピュータ)