「『法律の素人が何を言うか』という態度をとられたが、提言をした意味は十分にあったと考えている。一般の研究者からみた疑問を解消できたことに加えて、当学会の存在を法務省の担当者に知ってもらうことができた」。情報処理学会で会誌/出版担当理事と著作権委員会委員長を務める丸山宏氏(IBMビジネスコンサルティングサービス)は、このように話す。

 法務省法制審議会は昨年9月10日、ハイテク犯罪を防止する法律の制定を目的として、「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する要綱」という答申を出した。これは、昨年3月24日に提出された「ハイテク犯罪に対処するための刑事法の整備に関する諮問」に対するものである。

 情報処理学会は今年2月2日、この要綱に関する3点の疑問を掲げた意見書を法制審議会に提出した。意見書では、例えば「攻撃を意図しないが仕様を完全には満たさないソフトウエア」や「設計者の仕様は満たすがユーザーの意図を必ずしも反映していないソフトウエア」も、現行の要綱の表現では処罰の対象になるのではないか、という疑問を呈している。バグのあるソフトやユーザーの意図に見合わないソフトは、ビジネスの世界では当たり前のように生じている。

 意見書を受け取った法務省の担当審議官は2月5日、丸山氏らに対して説明する機会を設けた。その結果、「法律の文章には言外の表現があるということが分かった」(丸山氏)。上の例では、「要綱の文章に明言されていないが、人が故意に行ったものでなければ罰せられないというデフォルトのルールがある。法律の専門家にとっては、そのことは自明であると説明を受けた」(同)。

 丸山氏が問題にしたのは、法務省が情報処理学会に対し、今回の諮問・要綱作成の議論への参加を要請していなかった点。情報処理学会は、2万4000人のIT研究者を擁する日本でも有数の専門家集団。ところがベンダーなどには声をかけたものの、「法務省の担当審議官は、当学会のことを知らなかった」(丸山氏)。丸山氏らは審議官との会見で、学会の存在を強くアピールしたという。詳細に関しては、2月中をメドに情報処理学会のWebサイトで公開する予定である。

 法務省によるハイテク犯罪関連の諮問に対しては、日本弁護士連合会(日弁連)が昨年7月18日に、情報サービス産業協会(JISA)が同7月30日に、日本経済団体連合会(経団連)が同8月4日に、それぞれ意見書を提出している。これに比べると、情報処理学会の動きはかなり遅かった。丸山氏は「今後は、よりタイムリーに提言を出せるような体制づくりを目指したい」と話す。

田中 淳=日経コンピュータ