W-CDMA通信設備を展示
するUTスターコムのブース

PHSに替わる事業の確立に
必死だ(中国・北京市の
COMM CHINA会場にて)

 「当社をいまだにPHSメーカーと認識しているのだとしたら、改めてほしい。今では第3世代携帯電話(3G)もブロードバンド・ネットワークも手掛けているからだ」。米UTスターコムで中国国内の広報を担当するCynthia Hao市場総部公関経理は、「日本では、中国でPHSを広めたメーカーとして広く知られているが」という記者の言葉に反応し、強い口調でこう語った。

 実際、UTスターコムは、11月6日にパナソニック モバイルコミュニケーションズとの業務提携を発表。共同出資の新会社でW-CDMA関連設備を開発・製造していく意向を明らかにしている(関連記事)。11月12~16日に中国・北京市で開催された無線通信関連の展示会「PT/WIRELESS & NETWORKS COMM CHINA 2003」ではW-CDMAの無線通信設備を展示(写真)し、ブース来場者には、中央に“3G”と大書きした紙袋を配布した。

 さらに中国の有力経済紙「21世紀経済報道」によると、同社は2003年夏ごろから3Gの研究開発に従事する研究者を大々的に募集し始めた。700人規模の研究開発拠点を広東省・深センに置き、その大多数が3Gに関する研究開発を進めているという。

 UTスターコムの2003年第3四半期(7~9月)の売上高は5億8000万ドル。そのうち、3億3000万ドルは中国国内におけるPHS端末の売り上げによるものだ。中国のPHS通信設備市場で60%のシェアをほこり、PHSに依存している同社が“脱PHS”を急ぐのには、訳がある。

 同社だけで2003年7~9月のわずか3カ月で500万台を出荷した中国のPHS市場も、一時の勢いはない。現地メディアの紙面をにぎわすのは、最近はもっぱら3G関連だ。PHSの“生みの親”である日本の通信機器メーカーも、投資には慎重である。

 沖電気工業や日立製作所は「中国政府の政策次第でPHS市場が消滅する恐れがある」として事業拡大に懸念を示しているし、パナソニックモバイルは「すでに開発を終了しているPHS関連事業を再度立ち上げるより、現在進めているGSM方式の携帯電話の開発・販売に力を入れる方が効率的だ」と考えている。

 背景には、中国の通信キャリア独自の事情もある。現在、中国でPHSサービスを展開しているのはChina Telecom(中国電信)とChina NetCom(中国網絡通信)の2社である。しかし、“正式”な携帯電話サービスではない。

 中国ではこれまで、携帯電話サービスの免許はChina Mobile(中国移動通信)、China UniCom(中国連合通信)の2社だけに与えられた“特権”だった。中国の固定通信網を南北に分け合う固定系キャリアの中国電信と中国網絡通信は、早くからGSMやCDMAによる携帯電話サービスへの参入を申請していたが、中国の通信行政を管轄する信息産業部はこれを認めなかった。

 苦肉の策として両社がひねり出したのが、「無線方式による市内の固定通信網の延長」という珍解釈による、PHS方式による携帯電話サービスの提供だ。今では信息産業部も追認しているが、参入当初は行政指導を受けたら終わりというグレーゾーンだった。当局ににらまれるのを恐れ、サービス地域も地方から徐々に広げるという奇怪な状況を続けていた。

 中国国内の3Gサービスでは、4~6社のキャリアに免許が交付される見通しで、中国電信と中国網通にとっては、悲願の携帯電話サービスへの正式参入が実現する。しかし、早々に2G(GSM)の携帯電話サービスを全国展開している中国移動、中国連通との距離はあまりに遠い。2社合計で2億5000万人という膨大な加入者をがっちり押さえられているし、移動体通信に関する経験は技術的にもサービス面でも劣っている。

 そして最大の問題は、サービス地域だ。中国移動や中国連通の加入者であれば、GSMと3Gのデュアル・バンド機を活用することで、3Gの未整備地域でもGSMでとりあえず通話できる。しかし中国電信と中国網通の加入者は、3Gのインフラだけに頼らざるを得ない。PHSと3Gのデュアル・バンド機は見あたらないし、そもそもPHSは“無線市内電話”なので、国内他都市でのローミングすらできない。

 大きなハンディキャップを背負ったままスタートラインに立たざるを得ない中国電信と中国網通。そんな両社が取れる数少ない対抗策は、いち早く3Gの通信網を整備し、サービス地域でそん色ない体制を築くことだ。それを実現させるためには、なりふり構わず3Gに投資する必要があり、収益性も将来性も劣るPHSにこれ以上深入りする余裕はない、との見方が支配的だ。それゆえ、3Gの興隆とともにPHSは舞台から去っていく---というシナリオが透けて見える。

 中国国内では、3Gの免許交付時期がいまだに不透明であるため、PHSの今後に対する不安もひとまず抑えられてはいる。しかし中国が提唱した3G規格であるTD-SCDMAの研究開発が進展すれば、中国政府は3Gにゴーサインを出すだろう。UTスターコムにとっては、現状の売上構成のまま3G商用サービス開始を迎えれば、失速は避けられない。PHSで潤っている今のうちに3Gに資源をつぎ込むことが、将来に向けた重要な布石となる。

金子 寛人=北京支局特派員