壇上に二足歩行型ロボット「ASIMO(アシモ)」がいきなり登場。「これが出てくると,僕は脇役になってしまうので,あまり出したくないんだけど」と,本田技研工業(ホンダ)の吉野浩行社長が冗談交じりに話し,会場の笑いを誘う。3月1日に「IBMフォーラム 2002」の中で行われた吉野社長による講演では,こんなシーンがみられた。

 吉野社長は,「ロボットを作ってみて,人間の素晴らしさを改めて実感した」と感想を述べた。「人間のような知的な機能,すなわち人工知能を実現するのはいかに大変かということが,ASIMOの開発を通じて非常によく分かった」。ASIMOは2000年11月に発表して以来,100万人以上と会って「特に子供を夢中にさせた」。今年2月14日には「初めての海外出張」をして,ニューヨーク証券取引所の開場を告げるベルを鳴らした。ホンダは日本IBMと,情報システムを共同で開発する(コ・ソーシング)契約を結ぶなど密な関係にあるが,ASIMOの開発についても音声関連などで共同作業を進めているという。

 「ホンダの経営視点」と題した今回の講演で,吉野社長はIT(情報技術)活用の利点として,(1)リードタイムの短縮,(2)データベースのグローバル活用,(3)生産の改革,(4)グローバルな調達体制,(5)営業/販売生産性向上の5点を挙げた。「開発に要するリードタイムはここ数年で少なくとも半分になった。日本では以前は3~4年だったが,現在では1年半が標準。また,データをいろいろな部門が共有できるし,生産の開発生産性は倍増した。小型車の『フィット』が好調なら,2~3カ月で新たにフィットの生産ラインを増やすといった柔軟なラインの増減も可能だ。部品や製品についても,全世界で必要に応じてフル活用できる体制を整えている。これらはいずれもIT活用なしには不可能だった」。

 吉野社長によれば,ホンダの2001年度の業績見通しは,連結売上7兆円,営業利益6000億円をそれぞれ超える見込み。それでも「合従連衡が進んだ自動車業界の中では,我々は“小さい企業”だと思っている」と話す。「売上を比較すると,GM(ゼネラル・モーターズ)は当社の4倍,フォード・モーターは3倍,ダイムラー-クライスラーやトヨタ自動車は2倍近くある」。

 ホンダの2002年度から始まる3年間の中期計画のスローガンは「活き活き自主自立」。合従連衡に巻き込まれることなく,IT技術はもちろん,ASIMOを生み出した技術力,さらに同社が重視している「ヒトの活力」を生かしながら,“小さな巨人”を目指す考えだ。

田中 淳=日経コンピュータ