「今日のプレゼンテーションのことを考えていて,夜中にふと目がさめた。そのときに思い浮かんだのがニワトリの絵だ」。米スリー・リバーズ・インスティチュートでディレクタを務めるケント・ベック氏は,10月15日に東京・帝国ホテルで開催された「日経コンピュータ創刊20周年記念セミナー」の特別講演で,こう口火を切った。

 ケント・ベック氏は,日本でもブームを巻き起こしつつある,ソフトウエア開発手順「エクストリーム・プログラミング(XP)」の創始者の一人。「XP:究極のソフトウエア開発」と題された今回の講演は,XPの意味づけやメリット,日本の開発者や開発会社が何をすべきかをコンパクトにまとめたものだった。

 それにしても,なぜニワトリなのか? ベック氏の説明はこうだ。「ビジネスというのは,ニワトリの群れにたとえられる。いろいろな会社や機能があり,それらが互いに関係しながらも,『ペキング・オーダー(pecking order:序列。ついばむ順番という意味もある)』を保ってきた。ところが50年前に,この群れに新顔のニワトリが加わった。『コンピュータ技術』だ。その結果,ビジネスの世界のペキング・オーダーが崩れてしまった」。

 ベック氏は続ける。「本来ならば,ユーザー部門すなわち“ビジネス”,開発部門すなわち“テクノロジ”,経営陣すなわち“マネジメント”という三つの文化は,それぞれが支え合う存在でなければならない。ところが,いまだに,どちらかがどちらかに従うべき,といった争いを繰り返している。もういい加減,テクノロジをごく自然にビジネスの中で位置づけることで,えさを食べる,卵を産むといった本来のペキング・オーダーに戻すべきではないか」。その役割を果たすのが,XPということだ。

 XPで実行すべき項目の中で,特に「オンサイトのユーザー(ユーザーが開発チームに加わって,常駐すること)」は,日本では実行するのが難しいと言われる。しかし,ベック氏はその意見に異を唱える。「ビジネス・チームの人だって,どこかに席があるわけだろう。その席を,開発者に近づければよいだけだ。プログラマがビジネス・チームのそばに席を移動したっていい」。

 そしてベック氏は,19世紀に分業による生産性向上策を主張したフレデリック・テイラーを引き合いに出し,オンサイトのユーザーがXPに不可欠である点を強調した。「テイラー主義は,単純化すれば『頭の良い人が計画を作り,それ以外の人が実行する』というもの。製造業では,過去20~40年でテイラー主義がうまく行かないことが証明されている。しかし,なぜかソフトウエアの世界では,そのことが指摘されていない。ビジネス・チームと開発者を分けるといったテイラー主義を採ると,指揮とコントロールがバラバラになってしまう」。

田中 淳=日経コンピュータ