トランスメタのディッツェルCEO
写真撮影:飯田 昌之

 低消費電力プロセサ「Crusoe(クルーソー)」で注目される米トランスメタのデビッド・ディッツェルCEO(最高経営責任者)が来日,日経コンピュータ記者と会見した。ソニーが9月8日,富士通が同25日にCrusoeを搭載したノート・パソコンを正式発表,日立製作所も同26~27日に開催した自社のイベントでCrusoe搭載のノート・パソコンとインターネット専用端末の試作機を公開するなど,Crusoe搭載機の製品化が順調に進んでいることから,ディッツェルCEOは終始,上機嫌だった。ディッツェルCEOと日経コンピュータ記者との一問一答は以下の通り。

日経コンピュータ:ソニー,富士通,日立のほかに,NECとIBMもCrusoeを搭載したノート・パソコンを開発している。この5社以外のメーカーのCrusoe採用状況はどうか。

ディッツェルCEO:とても良い状況だ。メーカーにはそれぞれ独自のスタイルがある。早くから試作機を公開する会社もあれば,いきなり製品を発表する会社もある。

 例えばソニーは,6月の「PC EXPO」には何も出展しなかった。だがフタを開けてみたら,Crusoe搭載機を世界で最初に製品化したメーカーはソニーだった。

日経コンピュータ:製品発表するメーカーは年内に何社くらいになりそうか。

ディッツェルCEO:わからない。知っていても,言ってはいけないことになっている。

日経コンピュータ:デルコンピュータは「プロセサはインテル製品で統一する」というポリシーをもっているので,Crusoeは採用しないと言っている。松下電器産業も同じだ。

ディッツェルCEO:それは知らなかった。だがそれは「ポリシー」ではなく,これまでの「歴史」にすぎないのではないか。突然Crusoe搭載製品を出して,びっくりさせるつもりかもしれない。われわれとしては,良い製品を作るだけだ。

日経コンピュータ:日本特有のことかもしれないが,企業ユーザーは「互換プロセサ」を嫌う傾向がある。

ディッツェルCEO:米AMDなど従来の互換プロセサ・ベンダーは,価格だけで勝負していた。だが,われわれは違う戦略をとっている。Crusoeを搭載した機器は,バッテリ寿命が長くて,軽い。発熱量も少ないため冷却ファンが不要になるので,ノイズも小さくなる。このように機能面で明確な違いがあれば,保守的な企業ユーザーも考えを変えるだろう。

 米国でも「大手企業は互換性の問題に神経質なので,互換プロセサ搭載機は使わない」と言われることがある。だがこれは,作り話だ。どこかの会社のマーケティング・キャンペーンと言ってもいい。

日経コンピュータ:Crusoeは,ノート・パソコン向けの「TM5400」と「TM5600」,インターネット端末向けの「TM3200」の2種類がある。TM5000シリーズとTM3000シリーズは,どこがどう違うのか。

ディッツェルCEO:TM3000シリーズは,Linuxなど完全に32ビットで書かれたOS向け。一方TM5000シリーズは,Windows向けだ。

 Windowsは完全な32ビットOSではなく,いまだに16ビット命令を使っている。このためTM5000には,16ビット命令を効率よく処理するための命令を追加してある。TM3000でもWindowsを動かすことはできるが,1個の16ビット命令を実行するのに2命令かかるなど処理効率が悪い。

日経コンピュータ:TM5600の後継プロセサとなる「TM5800」は,動作周波数が最大1GHzになると聞いた。こんなに動作周波数を上げると,「消費電力と発熱量が少ないプロセサ」というCrusoeの基本コンセプトから外れてしまうのではないか。

ディッツェルCEO:TM5800は0.13μmルールで設計する。現行のTM5400とTM5600は0.18μmルールだ。このため,チップ・サイズはTM5800のほうが小さくなり,消費電力も減る。TM5800は動作周波数が上がるぶんTM5600より高性能になるが,逆に消費電力はTM5600より少なくなる。

 動作周波数を上げると確かに発熱量が増えるが,少なくとも900M~950MHzまでは問題ないと考えている。TM5800搭載機もファンを付ける必要はない。

日経コンピュータ:TM5800はノート・パソコンだけでなく,デスクトップ・パソコンにも採用される可能性があるか。

ディッツェルCEO:TM5800をどう使うかはパソコン・メーカーしだいだ。個人的なことを言えば,いまのデスクトップ・パソコンはファンがうるさくて嫌だと思っている。Crusoeを搭載すればファンをなくすことができる。ファンのないデスクトップ・パソコンが製品化されたら,私は買うだろう。

日経コンピュータ:現在のCrusoeは,PentiumIIIのマルチメディア処理命令SSEに対応していない。Pentium4で追加された新しいマルチメディア処理命令も含めて,今後対応する計画はあるか。

ディッツェルCEO:今はまだSSE命令を使うアプリケーションが少ない。アプリケーションが増えてくれば対応する。x86命令をCrusoeの独自命令に変換するソフトウエアCMSを書き換えるだけなので,やろうと思えば簡単にできる。

日経コンピュータ:「CMSをインターネット経由でダウンロードすれば,Crusoe搭載機に組み込まれているCMSを自動的に更新できる」と言っているが,実際にそのようなサービスを始める計画があるのか。

ディッツェルCEO:Crusoeの可能性を示すために言っているだけで,CMSのダウンロード・サービスをする計画はない。パソコン・メーカーがサービスをするという話も出ていない。いまのところ,やる必要がないからだ。

 ただ,インターネット経由でCMSを更新できることは,企業ユーザーにとって大きな意味があるはずだ。社内で使っているパソコンのプロセサに深刻なバグが見つかったとき,他社のプロセサだったらどうしようもない。パソコンを全部買い替えるしか手はないだろう。だが仮にトランスメタのプロセサだったら,パソコンが何台あっても一晩ですべて対処できる。(聞き手は中村 正弘=日経コンピュータ