「今後3年間に最大5億個のICタグを単価10セント未満で購入する計画」を1月に表明した、かみそり大手の米ジレットが、本誌にICタグ導入の狙いを明らかにした。万引きや従業員の窃盗、納入業者の詐欺による損失を減らすことを重視。盗難防止システムなどを、ICタグを使って開発している。

写真1●店頭での在庫確認にPDA(携帯情報端末)を利用
 ICタグはICチップと無線通信用のアンテナからなる超小型の装置。ジレットは、ディスカウント最大手の米ウォルマート・ストアーズやスーパー大手の英テスコと共同で、ICタグ導入の実証実験を進めていることを1月に発表した(本誌2月10日号26~27ページ参照)。その際、ジレットはICタグ導入の狙いを、店舗における効率的な商品補充などの流通プロセスの改革とだけ述べていた(写真1)。しかし、ジレットの真の狙いは「流通プロセスの問題」の解決だけではなかった。

 欧米の小売業は、「内部の者(従業員)による窃盗」、「外部の者による窃盗(万引きなど)」、「商品納入業者による詐欺行為(納品数量を偽るなど)」に悩まされている([拡大表示])。「ICタグを利用すればこれらを防止できる」と、ICタグを利用した実証実験でジレットの中核メンバーであるコリン・ピーコック氏(オンシェルフ・アベイラビリティ担当グローバル・カスタマ・ディべロップメント ディレクタ)は述べる。

導入目的を明確にせよ

 「流通の現場で何が問題になっているのかをきちんと理解しないと、ICタグの効果を発揮させることはできない」とピーコック氏は警鐘を鳴らす。流行に流されるだけだと、ICタグを使った情報システムの投資効果を高めることはできないし、社内の関係部署や経営者を納得させることも難しいというわけだ。

図●窃盗や詐欺による損害額(2001年)

 ジレットとテスコとの共同実験では、在庫の回転率を高めつつ、窃盗の減少という効果も明確に得られたという。ピーコック氏は「窃盗や詐欺をたくらむ者は、非常に巧妙な手口を使う。小売りもメーカーも、悪意のある者への対策に本気で取り組むべきだ」と力説する。同氏は、「店頭の商品や在庫がどこにあるのかを把握できないと様々な問題が発生し、企業に損害を与える。ICタグによって自動で商品を認識できる技術を利用すれば、何がどこにあるのかをリアルタイムで把握できる。欠品や窃盗、詐欺などの問題のほとんどを解決可能だ」と言う。

不正防止で利益率は1.6倍も上昇

 在庫不足や商品盗難について、ジレットの損害がどの程度かをピーコック氏は明らかにしていない。しかし、欧米の小売店における損害がいかに大きいものかを次のように説明した。

 米国の小売業を対象に米フロリダ大学が実施した調査『National Retail Security Survey』(2002年11月発表)によると、こうした損害の総額は2001年に313億ドルに達した。これは実に小売業の利益の4分の1に相当する。図のように「内部の者による窃盗」が最も多い。

 消費財関連製品の窃盗などによる欧州小売業の損害は、2001年に総額132億ユーロと売上高の2%程度に達した。これは消費財関連の業界団体エフィシエント・コンシューマ・レスポンスの欧州支部(欧州ECR)の調査結果である。

 ピーコック氏は、こういった流通の問題に詳しい英レスター大学や英クランフィールド大学とともにICタグに関する調査を進めている。その結果、欧州の小売業の利益率は平均2.99%だが、在庫不足や商品盗難などによる損害をゼロにできれば、利益率は約1.6倍の4.74%に上昇するという。

従業員の行動を自動で監視

 レスター大学らは、現場でどんな問題が発生しているのか、どうすれば問題を防げるのかを要因ごとに分析している。ジレットはこれに基づいて、ICタグを利用したシステムの構築を進めている。

 「内部の者による窃盗」は、最も解決が難しい問題である。レスター大学セキュリティ・マネジメント担当講師のエイドリアン・ベック氏は、「在庫データにタイムラグがあったり、データが詳細ではない、あるいはもともと不正確なときに窃盗が発生しやすい」と指摘する。

 商品の動きを追跡できなければ、商品を取り扱う従業員による不正行為は見つけにくい。「監視や調査を頻繁に行えば社内の士気が下がる。さらにそれが社外に知られると、企業としての評判を落とすという懸念もあって、社内での監視・調査には及び腰になる企業が多い。そこにつけこんだ窃盗行為が横行している」とベック氏は述べる。

 従業員は窃盗した商品を、その場で使用・飲食したり、こっそり持ち去ったりする。ときには店外のポリバケツなどに隠しておき後日持ち帰ることもあるし、社内の郵便サービスを使って自宅や売りさばく相手に送る場合さえある。

 ICタグを商品に張り付け、社員通用口や社内の郵便サービス・エリアなどにリーダー(ICタグの読み取り装置)を配置すれば、清算していない商品の持ち出しがチェック可能になる。未清算商品がリーダーを通過すれば、警報を鳴らしたり警備員へ通知する仕組みも容易に構築できる。万引き防止用として従来から使われている警報システムと異なり、ICタグなら持ち出そうとした商品を特定できる。

万引き防止用PDAシステムを構築

 「外部の者による窃盗」には、万引きや店内での使用・飲食のほかに、盗品を返品して現金を受け取る、といったケースがある。特に被害が大きいのが、閉店後に侵入するなどして、一度に大量の商品を盗んで闇市場へ流す“プロ”による窃盗行為だ。

 ジレットのピーコック氏は次のような例を挙げる。「商品のうち80%が売れて20%が窃盗にあうと、品切れで棚や倉庫が空になる。しかし、システムは商品がまだ20%残っていて空ではない、と判断する。つまり、システムが機能しない。すると、窃盗と欠品で2重の被害を受けることになるが、それが現場で頻発している。そういう事態をきちんと把握することが大切だ」と語気を強めながら指摘する。実際にピーコック氏らが行った実験で、はなはだしい被害にあっていた商品を見つけたこともあるという。

 ICタグを使えば、こうした窃盗を防ぐことができる。例えば、棚にICタグのリーダーとディスプレイを設置し、客が棚から商品を取ったときに、「○○商品をX個お買い上げいただき、ありがとうございます」といったメッセージを表示させる。そうすれば、万引きを心理的に抑止できる。

 ジレットは、かみそりの「Mach 3」を陳列棚から一度に4個以上つかみ取ると、ICタグの信号を受信したカメラが写真を撮影、その人物の写真を警備員のPDA(携帯情報端末)に送るシステムを開発中である(写真2)。もしもその人物がレジを通らずに出口へ向かったら、声をかけるという利用の仕方を想定している。

写真2●大量に商品を手に取った買い物客の写真を撮影し警備員のPDAに転送

納入業者による詐欺を一掃

 「商品納入業者による詐欺行為」には、故意に少ない商品数量を納品する、納品せずに届けたと偽る、実際に配送した分よりも多い数量を請求する、返品分を故意に返金しない、質の低い商品や偽造品をわざと納品する、などがある。

 レスター大学のベック氏によれば、到着した商品を正確にチェックするシステムを小売りが持たない場合に起こるケースがほとんどである。商品の到着場所と調達管理者の場所が離れていると、納入業者は不正を犯しやすくなる。

 ICタグを導入すれば、到着後直ちに発注データを照会できる。メーカーの製品データベースにアクセスするなどして、受け取り商品が正しいものかを判定できるようになる。偽造品の混入も摘発しやすい。返品管理も確実、迅速に処理可能になるなど、「ほとんどすべての問題が解決される」(ベック氏)。

SCMの人為的ミスをなくす

 「流通プロセス上の問題」には、数え間違いや発注データの入力ミス、配送ミスおよびそれに伴うデータの修正漏れ、価格表示ミス、レジの操作ミス、バーゲン対象の商品選択ミス、発注過多による商品廃棄や販売価格の値下げなどがある。

 これらの問題のほとんどは、サプライチェーン管理(SCM)システム上のデータを曖昧で不正確なものにする。データの処理や転送に一定の時間を要することもあり、「どの商品がどこにあるのか」といった基本的なことから、「何がどれだけ必要か」、「どこの店舗に必要か」、「価格はいくらか」などが、正確に把握できなくなっている場合が多いとベック氏は指摘する。

 ICタグを使ってデータを自動処理すれば、人為的なミスを防ぐことができる。どの商品をどの程度値下げすれば在庫を最少に抑えられるかをシステムがはじきだすので、賞味期限切れやシーズン商品の投げ売りなども削減しやすい。販売員は、店舗内の棚の数量と在庫の数量をリアルタイムに把握し、在庫補充も適切に行うことができるようになる。到着商品の内容は自動的に発注データと照合され、配送ミスも防げる。

「知恵を絞るのはこれから」

 ジレットはまず、サプライチェーン全体を眺め、問題が発生する可能性のあるポイントを、リスク管理ツールを使いながらすべて洗い出した。リスクがある個所は150を超えたという。「当然だが、具体的に何が問題なのかを発見するのは極めて重要だ」(ピーコック氏)。

 ジレットとテスコでの実験では、ICタグの利用を踏まえて、商品到着時の内容確認、人気商品の盗難防止対策の強化、配送時の梱包強化、店舗内への責任者配置などの10項目の対策を策定した。

 なおジレットは、「2003年の実験は、ICタグによって何ができるのか、どのように使えば最も有効であるのかを把握することが目的」としており、窃盗や欠品の防止で得られる金額の目標値は作っていない。しかしピーコック氏は、「2秒ごとに正確な商品の陳列、在庫データを把握できるようになるため、かなり大きなインパクトが期待できる」と自信をみせる。「すでに非常に興味深い結果が得られている。年末までにはさらに役立つデータを取得できるだろう」(同氏)。

 ただし、ICタグの導入ですべてが解決するというわけではない。ピーコック氏は、「窃盗犯はICタグを導入しても抜け道をすぐに見つけ出すだろう。この点を十分認識してシステムを作る必要がある」と注意を促している。

企業間の連携には標準化が不可欠

 窃盗などによる損害は、小売店舗以外でも発生している。欧州では、15億ユーロが小売業の流通センター、46億ユーロが製造業の流通センターで発生している。それぞれを合計すると、小売店舗で発生する損害の半分に匹敵する。

 しかし、「サプライチェーン全体に踏み込んで改革を図る企業はほとんどない。部門間、企業間の連携がない。警備員を増やすことしか考えない企業が多い。だから損害額がいっこうに減らない」とクランフィールド大学シニア・リサーチ・フェロー、ポール・チャップマン氏は指摘する。

 ジレットのピーコック氏も、「例えば、配送センターと店舗の間で、データのチェックがきちんとできていないことが少なくない。何がなくなっているのかも把握できない」と言う。同氏は、「企業間で連携し、サプライチェーン全体にまたがる横断的なソリューションを見いださなくては問題を解決できない」と強調する。こうした状況を作るには、ICタグのデータや読み取り装置、企業間でデータ交換するときの仕様などを標準化する必要がある。

アキヨ ブラウン=在米ジャーナリスト