ADSLサービスは,利用するユーザの環境によって通信速度が大きく変わる。最も大きな影響をおよぼすのが,NTT収容局からの距離である。ADSLでは500k~1MHzという高い周波数帯域を利用して信号を伝送する。このため,距離による減衰が大きいのだ。ISDNとの干渉も起こる。これらの問題はソフトバンク・グループが手がけるADSLサービス「Yahoo! BB」でも起こっている。

 ヤフーは2001年9月4日,接続状況の悪いYahoo! BBユーザに向けて特別なモデムを提供すると発表した。米Paradyne社が開発・販売する「ReachDSL」というDSLモデムである。

 ReachDSLは300kHz以下の周波数帯域を使用する。このため,従来のDSLモデムと比べて距離による信号の減衰やノイズの影響を受けにくい。また,最もよく利用する周波数帯域がISDNと異なり,ISDNと干渉する可能性も低い。ADSLと比べると信号の出力も高い。通信速度は上りと下り合わせて最高で約1Mビット/秒だが,距離の問題で速度が出ないユーザを救済する策にはなり得る。

 本誌にはYahoo BB!を導入した記者が2名いる(関連記事を参照)。このうち1名はNTT収容局から直線距離で1km以内の所に住んでおり,約5Mビット/秒と速さに問題はない。これに対して,NTT収容局から直線距離が約2.6kmの記者は,200k~300kビット/秒しか出なかった。

 そこで,Yahoo! BBのインフラ敷設を担当しているビー・ビー・テクノロジーに依頼し,速さの出なかった記者宅にReachDSLを試験的に設置してもらった。同社とParadyneの技術者の立ち会いのもと,ReachDSLの実力を計測したのである(ReachDSLモデムはJATE:電気通信端末機器審査協会の認定を取得済み)。

 計測にあたり,まずは従来のADSLモデムで速さが出ない原因を調べてもらった。この結果,NTT収容局からの距離による信号の減衰が原因であることが明らかになった。

 図左がそれを示す波形である。Yahoo! BBのG.dmt Annex A仕様のADSLモデムは1MHzまでの帯域を使う。ところが,この記者宅で計測した信号は150kHz付近で大きく減衰している。「pingで調べてもパケットはロスしていない。ISDNの干渉ではなく,純粋にNTT収容局との距離の問題だ。直線距離は2.6kmだが,間に河川があり,実際の接続距離は3kmを超えているだろう。このスピードが限界だ」(ビー・ビー・テクノロジー)。

 ReachDSLに交換することで,この状況は大きく改善した。NTT収容局と自宅のモデムをReachDSLに交換したところ,これまでの約2倍に相当する600kビット/秒の速さでインターネットをアクセスできるようになったのだ。信号波形も変化した。

 図右に示すReachDSLの波形は,図左に比べて全体的に信号の出力が大きく,150kHz付近での減衰幅も比較的小さい。周波数帯域と信号出力が上がったおかげで,2倍まで速度を向上させることができたのである。

 ソフトバンクの孫正義社長は「都内で試験的に行ったサービスでは90kビット/秒のユーザが750kビット/秒まで改善した例もある。ReachDSLを使うことで,回線が光化されている場合を除いて,距離や回線ノイズの問題で開通できないケースはほぼなくなるだろう」と大きな期待を寄せている。

 ヤフーによると,ReachDSLを使ったサービスは2001年9月中に主要なNTT局舎のエリアで提供を始めるという。月額利用料は現行のモデムを使用する場合と同じである。地方では,東京都内よりもNTT収容局から離れているユーザの割合が高い。ReachDSLはYahoo! BBを全国に展開するための一つの武器になるだろう。