スカイパーフェクト・コミュニケーションズの例は,完全にクローズドな企業向けサービスだが,一般消費者の目にも触れる機器にIPv6を利用するサービスも間もなく登場する。小売店向けPOSシステムなどを開発するプラネットによる「HotNavi」である。

店内のどのCDでも試聴可能なシステム

図5●レコード店での試聴端末にIPv6を搭載した「HotNavi」
レコード店内に端末を設置すると,来店客が店内の音楽CDのバーコードを読み取らせることで,収録曲を試聴できる。試聴システム自体はIPv4でも可能だが,IPv6を利用することにより,店舗にメンテナンスをさせないような仕組みと,試聴行動を各端末から吸い上げる機能を容易に実装できた。

 レコード店に行くと,3~5枚程度の新譜CDを切り替えて試聴できる端末をよく見かける。ある程度以上の規模の店舗であれば必ずといっていいほど設置済みだ。これらの端末は,実際のディスクを再生する装置で枚数も限られる。また,店舗にはディスクの入れ替えなどの負担が発生する。

 そこで,試聴端末をネットワーク対応させ,店舗内のサーバーやインターネットを通じて供給されるMP3データを用いることで,試聴可能な曲を数十万曲に拡大するのがHotNaviだ。

 HotNaviでは店内にサーバーを設置し,これに約40万曲のMP3データを蓄積できる。すべてのデータは陳列してある音楽CDと関連づけられている。試聴端末は,無線LAN(IEEE802.11b),IPv4/IPv6デュアルスタック,バーコード・リーダー,MP3デコーダを搭載している(図5[拡大表示])。来店客は試聴してみたい音楽CDを陳列棚から持ってきて,端末のバーコード・リーダーにかざせば,端末がMP3データを再生する。従来の試聴とは異なり,店内のどのCDでも試聴できるシステムである。

 レコード店にとって,どのCDでも試聴できることによるメリットは大きい。通常,新譜に関してはさまざまな形でレコード会社が宣伝する。ただ,新陳代謝の激しい世界であるため,すぐに次の新譜が出ることにより宣伝は終わってしまう。だがHotNaviにより,旧譜も試聴可能になるため売りやすくなる。

IPv6の方が低コスト開発も確実でラク

 IPv6が意味を持つのはここから先だ。ここまではIPv4でも問題なく構築可能。HotNaviを開発した横河電機は,これに試聴状況の調査が可能な仕組みを組み込み,レコード店やレコード会社のマーケティングに活用できるようにした。「IPv6を利用することにより低コストで開発でき,運用も確実性が増す」(IT事業部 N&Sセンター ITプロダクトGr. 係長の伊原木正裕氏)のが最大の理由だ。

 端末でどのCDが試聴されたかというデータを,インターネットを通じて調査用サーバーのプログラムが吸い上げる。IPv6なら全端末にグローバル・アドレスを割り当てられるため,調査プログラムが試聴端末に直接アクセスしてデータを吸い上げることができる。

 IPv4を用いるのであれば,店舗サーバーや各端末が調査用プログラムにデータを送出するモジュールが必要となる。IPv6を用いることで,エンド・ツー・エンド通信が可能になり,調査データの収集機能を調査用サーバー側に集約できる。その結果,試聴端末のコストを下げられる。また,運用管理という点でもIPv6は有効に働く。端末をリモートから監視する仕組みを容易に作れるため,「店舗側に一切の管理負担をかけないシステムを低コストで提供できる」(伊原木氏)という。

 プラネットでは「現在のところ,正式なサービス開始は未定。都内の大型店で試験的にサービスを始め,価格設定などを煮詰めていく」(企画室 室長の多田豊氏)としている。

IPv6でコンテンツの著作権を管理

図6●著作権に基づく再生制御をIPv6で行うコンテンツ配信
キールネットワークスが開発中のコンテンツ配信システム。著作権に基づく再生制御をキー配布によって行うのがポイントである。IPv6を使うことにより,ユーザー側にプラグインのインストールなどの負担を要求せずにすむ。

 これらは企業向けのソリューションだが,一般ユーザーを対象としたアプリケーションにIPv6を利用する事例も登場している。キールネットワークスが開発中の著作権管理機構を組み込んだコンテンツ配信システムである。

 同社は,マイクロソフトが2003年1月に発表したIPv6対応のビデオ配信ソフト「Windows Media 9」を利用して,著作権者が安心してコンテンツを提供できるようなシステムを目指した実験を開始した。IPv6普及・高度化推進協議会と共同でこの実験を進めている。

 Windows Media Playerはバージョン7から,データに再生条件を設定することにより著作権管理ができる機能を備えている。これとIPv6を組み合わせることにより,「コンテンツの使用許諾条件を満たせるソリューションの開発を目指す」(キールネットワークス社長の櫻井智明氏)という。

 このシステムでは,コンテンツとキーをユーザーに配布する。コンテンツのデータには使用許諾条件が記載されており,Windows Media Playerはこの条件に従って再生する(図6[拡大表示])。使用許諾条件は再生方法の指定と考えてもいい。例えば,再生回数の制限や期間の指定,あるいは携帯プレーヤなど外部機器へのコピー回数の制限などである。

 データは暗号化されており,配布されるキーにより復号される。使用許諾条件,暗号化,キーの組み合わせで著作権を厳格に守ることができるシステムになっている。

 チェックイン,チェックアウトと呼ばれる,携帯型音楽プレーヤなどへのコピー回数の管理などの機能がクライアント側に必要だ。IPv4ベースでも,専用ソフトをユーザーのパソコンで使うことにより,同様の仕組みを実現しているシステムはすでにある。コンテンツ・データの復号やコピー回数の管理は専用ソフトが行っている。だが,キールネットワークスのシステムでは,専用ソフトは不要になる。こうした著作権管理もWindows Media Playerで可能になるからだ。また,「今後はWindows CE.NETとWindows Mediaを実装するなどにより,携帯型プレーヤが,直接配信を受けるようになる方向性も見えている。機器側に専用プログラムを組み込む必要がなくなれば,著作権に対応できる機器を低コストで製造できるようになる」(櫻井氏)。ただし,そうした場合には,デバイスが直接キーを受け取れる仕組みが必要だ。そこで,IPv6を活用しようというわけだ。

アプリ開発は予備軍多し 2003年,何かが起こる?

 これらの事例のように,目に見える形になったアプリケーションはまだ少ない。だが,“予備軍”は決して少なくなさそうだ。

 IPv6アプリケーション開発のコンサルティングを手がける創夢は,「家電製品と,それと組み合わせて使う機器で大きな動きがある」(第三開発部 コンサルタントの蛯原純氏)と言う。そうした現場でもやはりIPv6は結果的に選択されるもののようだ。「最大の検討課題は自社の製品をインターネット対応にすることと,それがどれだけのニーズを生み出せるかであって,IPv4かIPv6かは大した問題にはなっていない」(同氏)。

 KDDIと日本テレコムはそれぞれ自社の実験サービス利用者に対して,アプリケーションのベンダーと共同で,いくつかテスト的にIPv6アプリケーションを提供する計画である。「今回の実験ではアプリケーションの使われ方,受け入れられ方を探るのも大きな目的の一つ」(KDDI ソリューション技術本部 IPネットワーク技術部 IPv6推進グループリーダー 部長の井村健氏)という。これは,まさにテスト・マーケティングである。その意味でIPv6は,IPv6そのものを検証する技術のフェーズから,売れる商品が作れるかどうかを探るビジネスのフェーズに移りつつある。

(仙石 誠=日経バイト)