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IPv6を実用化する作業に変化が見えている。技術的な議論を重ねる段階から,IPv6を使ったサービスをビジネスとして検討するという製品開発の段階へと徐々に移り始めているのだ。実際のシステム基盤にIPv6を使っていこうという動きがある。いまだにはっきりとした普及シナリオは描けていないが,ゆっくりとではあるものの着実な歩みを見せるIPv6の“今”をレポートする。
IPv6が次世代インターネットの中核技術として話題を集めるようになって2~3年になる。IPv6という言葉はごく一般的になりつつあり,莫大なアドレス空間に代表されるIPv6の特徴も知られるようになった。だが,それを積極的に活用して企業ネットワークを構築しようという機運は生まれていない。
日経バイトは2002年4月と2003年2月,IPv6サービスを提供するプロバイダからIPv6サービスの契約数(回線数)を調査した。いずれの時点でも個々のサービスの契約数は数十から100程度というものがほとんど。2002年4月時点の契約総数は約800,2003年2月は約1500だった。どちらも,商用サービスと試験/実験サービスの合算である。
ただし最近になって,1000単位の規模での実験サービスが始まった。例えば,KDDIが2003年2月から開始したADSLによる試験サービスは,最大1000人のモニターを募集するという。またNTT東日本が2002年12月からBフレッツの利用者を対象に始めたIPv6実験サービスでは,クローズドなネットワークながら3000人のモニターを募集するなど,大規模化の傾向にある。
IPv6サービスの契約数は前年比で見れば急激に伸びている。とはいえ絶対数は,これらの募集枠がいっぱいになったとしてもたかだか5000。現在のインターネット利用者の総数から見ると,ごくわずかなものだ。
その理由は,多くのユーザーが「IPv6を使う必然性がない」と感じていることに尽きる。だが,ここに来て「ニーズを満たす解決方法がIPv6だった」という理由から,IPv6に取り組む動きがいくつか出ている。IPv6の現状と,新しい動きを報告する。
企業向けルーターとOSのv6化は順調
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図1[拡大表示]は,家庭内の端末からインターネットまでの経路をIPv6対応が必要な要素に分けて,それぞれに対応状況を示したものだ。すでにIPv6でのアクセスは,条件を選ばなければ割合簡単にできる状況になっている。
その中でもIPv6対応が比較的順調に進んでいるのは,プロバイダや企業を対象としたミドルクラスからハイエンドのネットワーク機器だ。国内の大手ベンダーの製品を中心に,IPv6への対応が進んでいる。
NECでは「ルーターの現行製品はすべてIPv6とIPv4のデュアルスタックでIPv6に対応した」(NECネットワークス 戦略マーケティング本部 次世代ソリューションG グループマネージャーの今井恵一氏)。日立製作所も「数十万円クラスから上はすべてデュアルスタック化した」(ネットワークソリューション事業部 IPソリューション本部 システム部 部長の高瀬晶彦氏)。
ソフトウェアに目を転じると,基盤となるOSはほぼIPv6対応を終えている。UNIXベースのOSに加えて,Windows XPもService Pack 1(以下,SP1)でIPv6対応となった。SP1以前でも,コマンドラインからIPv6をインストールすることはできたが,あくまで開発者向けのものだった。
SP1ではプロトコルスタックの完成度を上げ,正式にIPv6をサポートした。「画面上ではDeveloper Editionと表示されるが,ネットワークのプロパティ画面からインストールできるようにするなど,広く使ってもらえるIPv6として提供している」(マイクロソフト製品マーケティング本部Windows製品部 クライアント グループ プロダクトマネージャーの佐藤秀一氏)。
アプリケーションや家庭用ブロードバンド・ルーターも,少しずつ対応製品が増えている。ただし,どれもIPv6環境で使えるようにしただけであり,IPv4より使い勝手に優れるようにしたわけではない。多くのユーザーにとってIPv6化は単に面倒なバージョンアップ作業に映るだろう。
メリットはあるが商用化に踏み切れない
その一方で,プロバイダ側にはIPv6化を求める必然性がある。アドレス確保はプロバイダにとって切実な問題であるからだ。その背景には,IPv4アドレスを確保するのが難しかったという過去の経験がある。
ODNを運営する日本テレコム 技術本部 高度ネットワーク部 IPv6プロジェクトグループ マネージャーの太田利徳氏は「今は少し落ち着いてきたものの,少し前まではJPNICから新規のアロケーション(IPv4アドレスの割り当て)を受けるにはかなり審査が厳しく,大変だった」。BIGLOBEを運営するNECも「例えばダイヤルアップのポートの契約書など,割り当てられたアドレスを本当に使うことを示す書類まで提出させられた」(BIGLOBE構築運営本部 IPネットワーク構築グループ マネージャーの岸川徳幸氏)。
とはいえ,試験/実験サービスを含めてもIPv6インターネット接続サービスはまだ少ない。正式に商用サービスを提供しているのはインターネットイニシアティブやNTTコミュニケーションズなど,ごくわずかである(図2[拡大表示])。IPv6の接続方式は3種類あるが,提供されている方式はまちまちだ(図3[拡大表示])。
各プロバイダの話を総合すると,やはりユーザーニーズが見えないため,なかなかサービス化に踏み切れないようだ。
例えば日本テレコムはイー・アクセス,KDDIと共同で,ADSLを使ったデュアルスタック接続のコンシューマ向け実験サービスを2003年2月に開始した。だがこれは,決して正式なサービスへの移行を前提としたものではないという。ニーズを計れないためビジネス・モデルを作れないからだ。それだけに「正直なところ,IPv6で料金を取れるのかという疑問をぬぐい切れない」(コンシューマー事業本部 マーケティング戦略部 データ系プロダクト・マネジメントGの佐藤圭介氏)。
技術的に未整備な部分が残っているという問題もある。「アドレス体系が変わってしまうため,IPv6なりのアドレス配布や認証が必要。だが,そうした部分ではまだ仕様が固まっていなかったり,複数の方式が並んでいたりで,どの方式を採用するのかを決められない」(NECの岸川氏)。
本サービスを提供するプロバイダはどのような判断でサービス化を決めたのだろうか。NTTコミュニケーションズの先端IPアーキテクチャセンタ 第2アーキテクチャプロジェクトチーム IPv6グループ 課長の宮川晋氏は,「これまでの手法が通用しない以上,ユーザー管理や課金など,IPv6なりのビジネスノウハウが必要になる。市場が立ち上がってからこうしたバックエンドを整備していては市場拡大に乗り遅れる」ことをサービス化を決定した要因の一つに挙げる。IIJも,「IPv6は言ってみればプロバイダの都合でもある。だから,技術的に問題がない以上,ニーズ云々ではなく正式なサービスとして提供すべきと判断した」(技術本部 運用部 部長の三膳孝通氏)。
こうした状況はもうしばらく続きそうだ。「試験サービスも含めて,国内のIPv6接続サービスの総利用者数が1万を超えれば,ビジネスとして計算が成り立つ」(NECの岸川氏)からである。