米国時間7月28日,米Roxioはデジタル音楽配信サービスを今年のクリスマスまでに始めると発表した。その名は「Napster 2.0」。あのNapsterが装いも新たに復活するのだ。とは言っても,今度は完全合法の有料サービスとして登場してくるという(関連記事)。

 米国では,米Apple Computerが今年4月末に始めたデジタル音楽販売サービスが人気を得ているという(関連記事)。同様のサービスはほかにもたくさんあるため,Napster 2.0は後発組になる。そこで「Napster」の知名度を利用して追い上げるというのがRoxio社のシナリオである。

 しかし,こうした音楽配信サービスは本当に普及するのだろうか。もし,そうであれば,レコード産業はそのビジネスの形態を大きく変えることになるが,まだそれが顕著になっているとは思えない。市場が本格的に育つ前なのに,すでに参入企業が多すぎるとも危ぐされている。はたして米国ではこの市場の将来についてどのように考えられているのだろうか。今回は米国の情報をもとにそのあたりを探ってみたい。

■2.0はNapsterとはまったくの別もの

 まず,今回のNapster 2.0について簡単に確認しておきたい。冒頭でも述べたが,Napster 2.0は完全合法の有料サービスとして復活し,かつてのNapsterとはまったく別ものである。運営する会社はかつてのNapster社ではなく,Roxio社だ。Roxio社はもともとは米Adaptec(ストレージ製品を手がける会社)の子会社だったが,2001年5月にAdaptec社からスピンオフした。Roxio社の製品には「Easy CD & DVD Creator」や「Toast」といったCD/DVD書き込みソフトがある。

 Napsterは無料のファイル交換サービスで,一時期は約5000万人のユーザーを抱えていた。しかしその大半が行っていたのは,市販の音楽CDをデジタル・ファイルとしてコピーし,ネット上で互いに交換しあうという違法行為。これに見かねた全米レコード協会などが,「ユーザーの違法行為を黙認している行為も違法行為」とし,2000年6月にNapster社を提訴。同社はその後,合法的な有料会員サービスへの移行を模索し,同協会のメンバー企業であるドイツBertelsmannと和解・提携したが,結局,有料会員サービスを始められないまま2001年7月にサービス停止に追い込まれた。Napster社は2002年の6月3日に米連邦破産法の適用を申請。そして同年11月にRoxio社に買収された。

 Napster社は,ユーザー間で自由にファイル交換を行う場を提供する会社だった。結果的に違法行為がまん延し,破たんを余儀なくされたが,P to P型通信の普及/認知度向上という点については,大きく貢献した。一方のRoxio社はデジタル・メディア/デジタル・エンターテインメントという同社の事業目的の一環としてNapsterの技術やブランドをお金で買った企業である。

 成り立ちも目的もまったく異なる企業が,Napsterのブランド力を使って,新市場に打って出る。そのサービスがNapster 2.0というわけなのである。

■ひしめき合うデジタル音楽市場

 Roxio社は,今年5月に米Pressplayを買収しており(関連記事),Napster 2.0の開始に向けて着々と準備を進めている。ちなみに,Pressplay社は,仏Universal Music Group(UMG)と米Sony Music Entertainment(SME)が共同で設立した音楽配信サービス会社である。

 そんなRoxio社だが,この先には決して楽ではない現実が待っている。すでに,市場は多くのプレーヤでひしめき合っているからだ。例えば,米AOL(America Online),ドイツBertelsmann,英EMI,米RealNetworksの4社が作った「MusicNet」がある。Apple社の「iTunes Music Store」もしかりだ。1曲の価格が79セントという低価格路線の米BuyMusic.comの存在も忘れてはならない。ジュークボックス・ソフト「MUSICMATCH Jukebox」を手がける米MUSICMATCHも市場に参入する。

 RealNetworks社は,4社連合によるMusicNetとは別の動きも見せている。今年4月に有料音楽サービス「RHAPSODY」を運営する米Listen.comを買収したのだ(関連記事)。RealNetworks社はその後,2社の音楽資産を組み合わせた有料音楽配信サービス「RealOne RHAPSODY」を発表している(関連記事)。

 このほかにも,最近では,Amazon.comが市場参入を計画している(掲載記事)とか,米Microsoftも興味を示しているなどと伝えられている。また,米Virgin Entertainment,米Tower Recordsといったオフラインの音楽小売業者が今年1月に結成した業界団体,Echoがデジタル分野への進出を計画しているという(掲載記事,無料の登録が必要)。
 

■アラカルトのサービスが人気。各社がAppleを追随

 これら,既存業者や新規参入者が計画しているサービスにはある共通点がある。それはどれもApple社のサービスを真似ようとしていることだ。これまでの音楽配信サービスは会員制(サブスクリプション)サービスが一般的だった。つまり,ある一定の金額を毎月払って,ダウンロードは自由に行えるといった形式である。しかしApple社がとったのは,それとは異なり,「会費はとらずにダウンロード購入した分だけのお金を支払う」というシステムである。米メディアではよく「アラカルト方式」などと表現されるが,これが今,ユーザーに受けているという。そして各社が一斉にこれに飛びついたというわけだ。

 例えばNapster 2.0は,サブスクリプションとアラカルトの両方のサービスでスタートする予定。MUSICMATCHは,アラカルト方式のダウンロード・サービスとサブスクリプション方式のラジオ・サービスを今秋始める予定だ。AOL社,RealNetworks社(RHAPSODY)もアラカルト方式の導入を計画している(掲載記事)。

 Apple社のサービスについて,米国の調査会社NPD Groupが興味深い調査・分析結果を報告している(発表資料)。同社のサービスは今年4月末に始まったばかりだが,あらゆる年代(14才以上)の消費者における同サービスの認知度はすでに20%に達しているというのだ。これに比べ,PressplayとRHAPSODYのそれは14%程度という。

 Apple社よりも長い期間営業しているにもかかわらずこの数字というのは気の毒だが,その主因はやはりアラカルト方式の有無にあるのだという。またNPD Groupは,Apple社のように楽曲のポータビリティを提供することも重要と言っている。これまでのサービスでは,パソコンにダウンロードした楽曲を,CD-Rに焼いたり,携帯型プレーヤに転送したりすることを,制限あるいは禁止したり,追加料金を徴収したりしていた。ユーザーは自分が購入した楽曲を自由に持ち運びたいと思っており,その要求はますます増大している。Apple社がそうした要望に応えたことが成功につながったとNPD Groupでは分析している。

■デジタル音楽配信サービスは普及するのか?

 ところがである。NPD Groupの同調査結果では,Apple社のサービスで楽曲を購入したことがある人は,Macintoshユーザーのわずか6%という。Macintoshはパソコンのシェアがほんの3%と言われる。その中の6%だから,現状はまだレコード業界に異変が起きるというにはほど遠いことがよく分かる。

 では,デジタル音楽配信サービスの市場は今後どのようなペースで拡大していくのだろうか? 残念ながら,その問いに対する明確な答えは見つからなかったのだが,先ごろ米Jupitermediaが発表した調査・分析結果では,米国における今年のデジタル音楽配信サービスの市場規模は8000万ドルほどになると予想していた(関連記事)。Apple社はサービス開始後の8週間で500万曲売ったと言っている。そこで,これをベースに単純な計算をしてみよう。Apple社の販売数がこのペースで進めば,同社の1カ月の平均販売数は250万曲になる。つまり年間3000万曲。1曲を単純に1ドルとすると,同社のこの事業における年間売上げは3000万ドルだ。これと,Jupitermedia社の数値を照らし合わせると,Apple社のシェアは37.5%ということになる。これは,Apple社の勢いがすごいともとれるのだが,要するにデジタル音楽配信サービスの市場がまだまだ小さいということなのである。

 New York Timesの記事にListen.comのCEO,Sean Ryan氏のコメントが出ているのだが,それによると同氏もこの市場は「まだまだ非常に小さい」と言っている。「現段階では競争も起こっていないし,そういう状態に近づいてもいない」(同氏)という。しかし同氏によれば「デジタル音楽配信は成長するビジネスで,市場は2~3年後に拡大する」という(掲載記事)。

 ちなみに,Jupitermedia社によれば,オンラインCD販売などを含む,オンライン音楽販売全体の市場規模は10億ドル程度。これが2008年には33億ドルに拡大し,音楽販売全体の26%を占めるようになるという。同社がこのうちのどれくらいをデジタル音楽配信が占めると考えているのかは分からない。しかし米国ではおおむね,あと5年もすれば音楽産業は様相が大きく変わると考えられているようである。その中心的な存在がデジタル音楽配信であるのは間違いなさそうだ。はたして読者の皆さんはどのようにお考えになるだろうか?

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