「米AOLがIMソフトの簡易版『ICQ Lite』をリリースした」「米Microsoftは『MSN Messenger』の一部機能を有料会員だけに提供する予定」「『Yahoo! Messenger』では最大20フレーム/秒の動画転送が可能になった」――最近のインスタント・メッセージング(IM)[用語解説]は話題に事欠かない。

 AOL社,Microsoft社,Yahoo!社の“IM御三家”だけではない。「XMLベースのプロトコルを使った『Jabber』が人気を博している」「大手IMサービスとの相互利用可能な『Trillian』のシェアが伸びている」といった話題もあり,御三家以外のIMも強豪を相手に健闘しているという。

 こうした最近の報道を目にすると,そういえば,数年前は“IM標準化に向けた取り組み”が話題になっていたことを思い出す。

 2000年7月。当時圧倒的なシェアを誇るAOL社に対抗して,Microsoft社,Yahoo!社,米AT&Tなどの9社が標準化団体「IMUnified」を結成した(関連記事)。「すべてのユーザーが共通の方法で自由にIMを利用できるようにする」として,オープンな仕様の策定・普及を目指していた。

 しかし,あれから2年以上経つ。各社のIMにはいまだに互換性がない。AIM(AOL Instant Messenger)もMSN MessengerもYahoo! Messengerもひたすら独自路線を進む一方である。最近はIMUnifiedの話しもとんと聞かなくなった。これはいったいどうしたことなのだろう? なんとも不思議な話である。今回はIMUnified設立当時の状況を振り返って,その後の業界の変化を見ながら,この謎に迫ってみた。そこにはユーザー不在,事業者の論理で尻つぼみになった標準化活動の姿が浮かび上がってきた。

■Microsoftなどに「弱い者いじめ」と非難されたAOL

 まず,前述のIMUnifiedが誕生した背景を調べてみよう。これはMicrosoft社がIMサービスを始めたことと密接な関わりを持っている。同社がIMサービス「MSN Messenger Service」を始めたのは1999年7月23日。今ではIM業界で巨大な力を持つMicrosoft社だが,当時はAIM(AOL Instant Messenger)のシェアが90%に達していた(注1)。新規参入のMicrosoft社がとても太刀打ちできる相手ではなかったのである。

注1:AIM(AOL Instant Messenger):IMの原点は,1996年にイスラエルのICQ社(旧Mirabilis社)が開発したフリー・ソフト「ICQ」である。AOL社は1998年6月にICQ社を買収し,この「ICQ」をベースにAIMを開発,サービスを始めた。AIMはその後,圧倒的なシェアを持つようになる。

 そこでMicrosoft社はMSN MessengerでAIMサービスへの乗り入れを可能とする戦略をとった。これにより双方のユーザーは互いにメッセージを交換できるようになった。新規参入のMSN Messengerはユーザー数を一気に獲得できたというわけだ。

 しかし,その後まもなくしてAOL社は他社サービスからのAIMへの乗り入れを遮断した。するとMicrosoft社は乗り入れを可能にするためソフトウエアを改訂し,これに対抗,その後も何度もこの状態が繰り返された。一部のユーザーからAOL社に抗議する“AIMボイコット運動”が起きるなど,物議をかもしたのである。

 こうした状態に業を煮やしたMicrosoft社などは「AOL社は“弱い者いじめ”を行っている。ネットワークを閉鎖し消費者に損害を与えている」と激しく抗議(掲載記事),2000年7月,ついにAOL社をけん制する形で前述の標準化団体を設立したのである。

■FCCの合併条件は“骨抜き”

 折しも,この年はAOL社と米Time Warnerの合併計画が発表された。当局がその合併承認の是非について検討を行っていた時期である。そこでこの標準化団体は「IM市場を開放することこそが両社合併の条件であるべき」と主張し,積極的なロビー活動を展開した。

 これが功を奏したのか,FCC(連邦通信委員会)は翌2001年1月,AOL社に対してIMに関する合併条件を出した。しかしそれは次のような手ぬるいものだった。

 「(AOL社が)米Time Warner Cableのケーブル網を使って,IMベースの高度/高速サービス「AIHS」(advanced, IM-based high-speed services)を行う場合に限って,ネットワークを開放しなければならない」――

 結局AOL社には,そのような計画がなかったことから,FCCはアナリストらに「骨抜きの措置」「FCCはAOLに市場をプレゼントした」などと非難された。

 また,FCCはAOL社に対し「相互接続性に関する検証を行い,その報告書をFCCに提出しなければならない」という条件も課したが,これに対するAOL社の行動は鈍かった。同社が米Lotus Development社(現在は米IBMの一部門)のIMソフト「Sametime」との相互接続性の検証を始めたのはその年の8月(関連記事)。その1カ月後AOL社は,「2つのサービスにおいて相互接続を確立するための明確な解がない」とする報告書を提出したのである。

 一方で,IMのプロトコルを統一しようという取り組みも行われていた。インターネット技術の標準化団体,IETF(Internet Engineering Task Force)で,「APEX」「PRIM」「SIMPLE」という3つの候補仕様が持ち上がっていたのである。

 しかしIETF内でこのうちどれを採用するかがまとまらず,結局IETFは2000年8月,プロトコルの一本化を断念した。現在はそれぞれの標準化団体が独立して活動しているのだが,「進展は非常に遅い」などと言われている状態である(掲載記事)。

■IMUnifiedは失速,そして自然消滅へ

 さてここで,Microsoft社などが作った標準化団体IMUnifiedはこの間,何をしていたのだろうかという疑問が出てくる。実はこのIMUnifiedについては,2001年6月ごろに,活動が行き詰まっており“失速状態になっている”と伝えられていたのが,そのころを境にIMUnifiedの情報は何も聞かれなくなった。

 今となっては同団体のWebサイト(IMUnified.org)にもアクセスできない状態。あちこちくまなく探してみたのだが,どのサイトに行ってもその消息がつかめないのだ。なんとも不思議な話である(ただしドメイン名は「WHOIS」で検索できる)。

 この謎について米国のメディアでいろいろ調べてみると,どうやら自然消滅したらしいということが分かってきた。その理由は,Microsoft社をはじめとする大手が標準化に対する“情熱を失った”ことにあるらしい。これら大手は,相互接続性が確保されなくとも,市場で優位な立場に立てると判断したようなのだ。

  ●図1 MSN,Yahoo!,AOL,ICQの利用状況比較

調査対象:米国家庭ユーザー/2002年5月
出典:米Nielsen//NetRatings
MSN=MSN Messenger,Yahoo!=Yahoo! Messenger,AOL=AOL Instant Messenger,ICQ=ICQ

 例えばMSN Messengerはこの2年ですでにYahoo! Messengerを追い抜くまでに成長している。米Nielsen//NetRatingsの調査によれば,今年5月における各IMサービスのユニーク・ユーザー数(家庭ユーザー)は,AOL Instant Messengerが2200万人で首位に立っているものの,MSN Messengerは1570万人で2位,Yahoo! Messengerが1240万人で3位になっている。つまり,MSNとYahoo!を合わせれたユニーク・ユーザー数はAOL陣(AOL Instant MessengerとICQ)のそれを凌いでいるのである(図1)。

 米メディアでは「相互接続性はユーザー確保という点においてマイナスに働く。相互接続性を追求しては,自社の他のサービス/製品と組み合わせたマーケティングが難しくなる」という見解が伝えられている。なるほど,市場でここまで台頭できれば,相互接続性は苦労ばかり多く,あえてお金をかけてやるメリットがない。ユーザーを獲得できた今となっては,逆に費用対効果が低い,ということか。

 このことはMicrosoft社の最近の動向を見ていても説明がつく。同社はMSN MessengerのWindows XP版は「Windows Messenger」として開発し,IMとOSの連携を高めた。まもなくリリースされる新版「MSN/Windows Messenger 5」ではWindows XPや,今年10月24日に始まるインターネット・サービス「MSN 8」(関連記事)の有料会員に限定した機能が盛り込まれるという(掲載記事)。

 また「Greenwich」(開発コード名)と呼ぶリアルタイム通信ソフトの開発も進めており,IMを統合した次世代のコミニュケーション/コラボレーション環境を提供しようとしている(関連記事)。

■ひょんなところから相互接続の働きかけ

 こうしたなか,思いがけないところから新たな動きが出てきた。金融機関大手の6社(Lehman Brothers,J.P. Morgan Chase,Merrill Lynch,Morgan Stanley Dean Witter,UBS,Deutsche Bank)が集まり,「IMSB(Instant Messaging Standards Board)と呼ぶコンソーシアムを結成したのだ。IMSBはIMの大手企業に対し,IMの相互接続を実現すべく働きかける組織である。

 金融業界では,各社のIMに互換性がないことが生産性低下の元凶となっており,将来的には利益の圧縮にもつながると考えているという。

 このコンソーシアムはすでにIMサービス提供会社と会合をもち,各サービス間の相互接続の実現を求めている。なお,このとき集まった企業はIBM社,Jabber社,AOL社,Communicator社,FaceTime Communications社,Microsoft社などである。

■新たなビジネス・モデルを提唱するFaceTime

 このうち,FaceTime社はIMサービスのコール・センターとも呼ぶべきアプリケーションを開発している会社である。このアプリケーションが,MSN Messenger,AIM,Yahoo! Messengerのネットワークを仲介することで,顧客はそれぞれのユーザーとやりとりできるようになる。顧客がFaceTime社に対し,利用者数やメッセージ数に応じた料金を支払い,その一部をFaceTime社がIM提供会社に支払うというビジネス・モデルである。

 同社は「Microsoft社,Yahoo!社,AOL社が利益を得られるIMのビジネス・モデルがこれだ」(COOのMehdi Maghsoodnia氏)と説明する。それぞれのIM提供会社が料金を受け取れる仕組みさえあれば,相互接続性の問題は解決されるという。

 はたして,IMの御三家は大手金融業界の働きかけにどう応えるのだろうか? それともこの3社を動かせるのは,FaceTime社が提唱するような方法でしかないのだろうか?

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 「もしかしたらIMの相互接続の問題などは,はじめから存在しなかったのではなかろうか」――そんな考えがふと頭をよぎる。ユーザー,とりわけ一般の消費者にとってはどのサービスを使おうがそれほど重大な問題ではないのではないか,と思うのである。サービス提供者側が考えるよりも,容易にユーザーはサービスを乗り換えてしまうのであろう。

 サービスの立ち上げ時に“ユーザーの自由”を掲げて大々的に主張を展開。ユーザーを確保したら,何も言わずに消えてしまったIMUnified。そんな標準化団体のことを考えると,“標準化”とは必ずしもユーザーのために進むわけではない,ということを思い知らされるのである。

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