米IBMとスタンフォード大学が,電子スピンと呼ばれる物理現象を電子工学に応用する“スピントロニクス”分野の研究を進めるため,研究センター「IBM-Stanford Spintronic Science and Applications Center(SpinAps)」を新設すると米国時間4月26日に発表した。同センターは直ちに運営を始める。

 電子スピンとは,電子が“アップ”または“ダウン”のいずれかの状態を持つ現象のこと。物質内の電子の状態がどちらか一方に揃うと,磁気が生じたりする。現在の電子工学では一般的に電子の電荷のみを利用するが,スピントロニクスでは電子スピンの応用を目指している。

 電子スピンの解析や制御ができれば,まったく新しい電子の利用が可能となる。「極めて薄い層の微小構造内にある電子のスピン,つまり電子の磁気の向きを制御できれば,少ない消費電力でのスイッチングや不揮発性情報保存など優れた機能を実現できるはずだ」(IBM社,スタンフォード大学)

 IBM社によると,既にスピントロニクスは実際の製品への適用実績があるという。たとえば同社が1997年に開発したハード・ディスク装置用のGMRヘッドでは,データ記録密度を40倍に高められたという。また,現在多くの企業が研究している新型メモリーMRAMも,スピントロニクスの応用例である。

 SpinApsでは,構成を変更可能な論理素子,室温で超伝導状態になる物質,量子コンピュータなど,まったく新しい機能を持つ新素材や素子の開発を行う。「当センターの研究者は,ちょうど50年前にトランジスタがもたらしたのと同じような革命的変化を電子工学業界で起こす」(IBM社副社長兼アルマデン研究センター・ディレクタのRobert Morris氏)。ただし,5年以内に同センターから商用製品が誕生することはないという。

 同センターの設立資金はIBM社とスタンフォード大学が出資する。個々の研究プロジェクトに対しては,米国防総省高等研究計画局(DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency),米エネルギー省,全米科学財団(NSF:National Science Foundation)などの組織が資金を提供する。

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