米IBMの研究者らは“分子カスケード(molecule cascade:分子の滝)”と呼ぶ技術を応用し,分子サイズのコンピュータ回路の作成に成功した。IBM社が米国時間10月24日に明らかにしたもの。

 原子が並んだ表面上に配置した個々の分子をドミノ倒しのように相互作用させることで,情報伝達/記憶/読み出し,論理演算などを行うことができるという。「実際に動作する世界最小の回路を作ることができた。現在使用されている最新LSIの26万分の1ほどの大きさのモジュールで,論理演算を処理できる」(IBM社)

 この論理回路は,銅の表面上に一酸化炭素の分子を精密に配置して形成した。一つのドミノを倒すとそれが多くのドミノに伝わるように,分子のどれか一つを動かすとそれがほかの分子に滝のように広がる。分子カスケードの様子を示す画像やアニメーションは,IBM社のWebサイトに掲載している。

 分子カスケードは,銅の表面上に配置する一酸化炭素分子をエネルギー的に準安定状態にしておくことで引き起こせる。分子が安定していないので,小さなエネルギーを与えるだけでドミノ倒しのように分子を動かせる。

 動いた分子配列を1,そうでない分子配列を0とみなすと,一つの分子カスケードで1ビットの情報を表現できる。IBM社の研究者らは,分子カスケードを起こすことのできる一酸化炭素分子配列を複数組み合わせ,論理和/論理積,データ書き込み/読み出しなどを処理する基本的な部品を作った。そして,「それらを接続し,コンピュータ回路として動作することを確認した」(同社)

 実際に作成した回路のうち最も複雑なものは3入力のソート回路で,大きさは12×17nmあり,鉛筆に付いている消しゴム(直径7mm)の上に,1900億個載せることができるという。

 「分子カスケードは,演算手法として革新的だ。その上,初めてナノ・レベルの演算に必要な部品をすべて作ることができた」(IBM社アルマデン研究センターの物理学者のAndreas Heinrich氏)

 現在分子カスケード構造は,超高真空/超低温(絶対温度で0.5度から10度)の環境で,走査トンネル顕微鏡(STM)を使い分子を一つずつ移動させることで作成する。最も複雑な回路を作るのに,数時間かかるという。

 なお,一度分子カスケードを起こすと元の状態に戻すことができないので,演算は1回しか行えない。

 ただし,IBM社フェローのDon Eigler氏は,「カスケードの発端は一つの分子の動きに依存しているので,電子スピンなどほかの基本的相互作用を利用して,ナノ・レベルのカスケードを起こせるはずだ」と考えている。「こういったカスケードは“リセット”できる可能性があるので,通常のコンピュータ回路と同じように繰り返し演算ができるだろう」(同氏)

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