「人は世界中のどんな他人とも,実は6人以内の人間関係で結ばれている」――こんな話をどこかで聞いたことはないだろうか。例えば一国の宰相,芸能人からプロ・スポーツ選手まで,自分とは縁がないと思われる著名人にも,人づてをたどれば6人目あたりで到達できるという理論だ。

 元々は1967年にハーバード大学の社会学教授が提唱した「仮説」で,邦訳は知らないが,英語では“6 degrees of separation” theoryと呼ばれている。現在に至るまで仮説にとどまっていたが,このほど米コロンビア大学の社会学教授らがインターネットを使って,これを検証する実験を行った(関連情報)。

 この実験では,ホームページを通じて世界中から2万6000人あまりの参加者を募った。彼らが電子メールを友人や知人に出し,その人たちがまた誰かにメールを転送し,次々とリレーすることによって,最終的に世界18カ国に散らばる13人のターゲットの一人に到達することを狙う。ターゲットには米国の大学教授,インドの技術コンサルタントからノルウェーの退役軍人まで,多種多様な人たちが含まれている。

実験ではハッキリとした結論を導き出すことはできなかった

 実験は玉虫色の結果に終わった。最初に発せられた2万6000通あまりのメールのうち,ターゲットに到達したのはわずか384通と,成功率は2%に満たなかった。しかし,成功したケースでは,だいたい5~7回以内で到達していることも分かった。

 つまり誰かに届く時には”6 degrees of separation” theoryは概ね成立するようだ。しかし大多数を占める失敗例では,逆に何回かければ到達するかは不明である。このため,全体としてハッキリとした結論を導き出すことはできない。大抵の人は,ただ「面倒くさい」という理由だけで次に回すのを止めてしまう。これでは連鎖のステップを科学的に解明することは不可能だ。

 ごく単純な計算をしてみると,すべての人は6人以内の関係で結ばれている,という仮説は正しく見える。例えば一人の人間には平均して100人の知人(家族や名前が即座に思いつく友人,同僚なども含めて)がいると仮定しよう。この知人には,それぞれまた100人の知人がいる。このようにして樹形図を作っていけば,5回目の分岐では「100の5乗=100億」人を包含する人間関係が出来上がる。これは約60億人という世界人口を軽く上回る。つまり単純に考えると,樹形図を5段階たどるうちには,世界の誰にでも到達するはずだ。

 もっとも,この計算モデルは単純過ぎて間違っている。つまり知人の知人には,自分の直接の知人も含まれている可能性があるから,実際は重複が存在する。その重複の数は樹形図の分岐が進むに連れて爆発的に増大するから,こうした単純な計算モデルは本来成立しない。あくまでも感触を得るためのモデルに過ぎないのだ。

 そもそも電子メールのような情報を伝達する人間関係は,単純な樹形図では表現できない。知人が多い人もいれば少ない人もいるし,人間同士は多種多様な関係を結んで社会を形成しているからだ。

人間関係の構成要素を分類して考えてみる

 Communication Studyの某ネットワーク理論では,人間関係の構成要素を何種類かに分類している(参考文献:Communication and Organizing, Richard V. Farace, Addison-Wesley, 1977)。それらは基本的に「Isolate(孤立人)」「Group(集団)」「Group Linker(つなぎ役)」である。Isolateは文字通り,社会生活において完全に孤立している人たちである。「人たち」とあえて複数形にしたのは,関係が二人までのつながりに留まる場合,この理論ではなぜか「孤立人」に分類されるからだ。

 3人以上のつながりは,Groupに分類される。図で表現すると,その構成員は互いに線でつながり,集団内部で密に情報交換している。社会にはこうしたGroupが無数に存在するが,異なるグループ同士をつなぐ役割を果たすのがGroup Linkerである。これは,さらに2種類に分類される。「Bridge(橋)」と「Liaison(連絡係)」である。呼称から判断する限り,どちらも同じ意味に思えるが,実際は厳密に区別されている。

 Bridgeは,あるグループ(集団)にガッチリと所属しながら,別のグループとも「つながり」を持っている人を意味する。つまりグループの「構成員」でありながら,外部にも顔が利く人のことだ。会社に例えれば,職場の人気者であると同時に,別の会社や外部集団との情報チャネルとなっているので,重宝されるような人である。一方,Liaisonとは,「ある一つの集団に完全に所属し切ることなく,複数の集団と緩い関係を維持している人」を意味する。逆に言えば,外部との関係を持っているからこそ,(緩いとはいえ)ある集団への帰属を許される人とも言える。

 こう考えると,Liaisonはちょっと悲しい人だ。我々の周りを見渡せば,しょっちゅう「親戚や知人に政治家や金持ち,あるいは有名人がいる」とか自慢しているような人が,これに当たるのかもしれない。あるいはコネ採用で有力企業にもぐりこんだ人もそうだろう。彼らの存在価値は,本人自身にあるのではなく,ただただ「知り合い」にあるのだ。

 この理論では,以上のような大まかな分類とは別に,「Hub」と呼ばれる人も定義している。これはグループ内外を問わず,無数の人たちとの「つながり」を持っている。Hubはみんなから注目され,黙っていても情報が飛び込んで来る,いわば社会のスター的存在である。彼らは当然ながら,あるグループの中心でもある。

どんな人がどんな情報をグループにもたらすか?

 さてコロンビア大学の調査では,チェーン電子メールがターゲットに到達する過程における,以上のような「構成要素」の影響力にも若干言及している。それによれば今回は,意外にもHubの果たす役割は小さかったという。例えばターゲットに到達した384通の電子メールのうち,169通は米コーネル大学教授へのものだった。しかしこの教授は特に人気者でも,顔の広い社交的な人間でもなかった。彼は明らかにHubではなかったということだ。

 彼にメールが到達する過程においても,人はむしろHub的な人物を避けてメールを転送する傾向があるという。それは「こんなくだらないことで,あの忙しいお方に迷惑をかけては失礼だ」と気を使うせいらしい。まあ言われてみれば,そんなものかもしれない。

 むしろ電子メールを伝達する上で大きな役割を果たしたのは,個人的にはそれほど親しくないが,しかし多方面に知人を持っていそうな人間であったという。先ほどの分類ではLiaisonに当たる人間だ。彼らに対して人は割と気軽に,こうしたメールを出しやすいようだ。

 これが示唆することは,結局,海のモノとも山のモノともつかぬ情報は,Liaisonのような軽い人間関係を通じてグループ内にもたらされる,ということだ。逆に言うと,Hub的な人物には「これは本当に重要」と思われる情報しか入って来ない。グループの価値観を転換させるような,目新しく怪しげな情報は,むしろグループに所属し切れず,その周囲をうろついているLiaisonに頼れというのが,結論だろうか。