テレビ放送デジタル化の動きに合わせて,双方向テレビ(Interactive TV)が徐々に米国の家庭に浸透しつつある。双方向テレビ・サービスを可能にするためのデジタル・セットトップ・ボックスは,今年末までに米国1500万世帯にまで普及する見通しだ(Forrester Research)。
双方向テレビとは,普通のテレビ番組に加えて,視聴者のリクエストにこたえて様々な付加価値を提供するサービスだ。好きな時間に好きな番組を見ることのできる,いわゆるビデオ・オン・デマンド(VOD),あるいは番組の途中で買い物のできるオンライン・ショッピングなどが典型的なサービスとなる。
双方向テレビは80年代後半から90年代前半にかけて,米国のケーブルTV事業者を中心に事業化の機運が盛り上がったが,結果的には挫折した。1994年にTime Warner Cableがフロリダ州オーランドで開始した実験サービスには,4000戸の家庭しか加入せず,すぐに打ち切りになった。この直後に訪れた嵐のようなインターネット・ブームの前に,双方向テレビ・サービスはすっかり忘れ去られた。
昔も今も,視聴者のニーズを把握できず
当時の双方向テレビはなぜ失敗したか? 最大の理由は,視聴者が何を望んでいるかを,ケーブルTV事業者が正確に把握していなかったからだ。VODもオンライン・ショッピングも,当時のコスト・パフォーマンスでは,視聴者に金を払わせるだけの魅力を備えていなかった。
しかし双方向テレビは,インターネット・ブームが最盛期に達した99年ごろから,再び事業化への機運が高まってきた。これはケーブルTV事業者が,インターネットのEコマースに触発されたからだ。脚光を浴びるドットコム小売業者を横目に,「あれと同じことをケーブルTVでもやれないか」と考えたのだ。そして,かつて捨て去った双方向テレビ・プロジェクトを思い出したのである。
しかし今回は,ケーブルTV事業者に加えて,DirecTVやEchoStar(両者は先ごろ,合併交渉を成立させたが,独禁法違反で阻止される可能性が高い)のようなDBS(直接衛星放送)業者,さらにAOLTVやMicrosoftTVなども参入しており,競争は以前とは比べものにならないほど厳しい。
彼らは,ありとあらゆる双方向サービスの実験に取り組んでいる。極端な例としては,ドラマの最中に分岐点を設け,視聴者が何通りかのシナリオの中から好きなものを選べる,といったサービスも試された(ただし不評だった)。一方,AOLやマイクロソフトが導入しようとしているのは,インターネットとテレビ放送を一体化したサービスだ。しかし状況は以前と,そう変わっていないようだ。サービス提供者側はいまだに視聴者が,どんな双方向機能を求めているのか,正確につかんでいない。
ケーブルTVのような“天才的なアイデア”が見えない
またITバブルが崩壊した2000年以降は,ケーブルTV事業者が,一旦盛り上がりかけた双方向サービスを,再びスケール・ダウンするケースが目立ち始めた。最大手のAT&T Broadbandでは,当初2000年~2001年にかけて,VODを中心とする最先端の双方向サービスを実施する予定だった。
しかし2001年の夏にこの計画をあきらめ,当面はもっと初歩的な機能に限定することになった。具体的には,Tivoと呼ばれるDVR(デジタル・ビデオ・レコーダ)を,セットトップ・ボックスに組みこむことにした。DVRは,ビデオ・テープの代わりにハード・ディスクを採用したVTRだ。ランダム・アクセスが可能で,視聴形態の自由度を大幅に増してくれる。本格的なVODではないが,その準備段階にあるサービスと見てよい。
しかし,双方向テレビが普及するかしないかは,決定的に魅力的なサービスが発案されるかどうかにかかっている。
電波障害地域で細々と開始された米国のケーブルTV放送は,タイムワーナーのHBO(Home Box Office)とテッド・ターナーの開始したCNNによって爆発的に普及した。人工衛星を使ってテレビ番組を全米の基地局に配信し,そこからケーブルを使って各家庭にクリアな映像を送る――この天才的なアイデアによって,ケーブルTV放送はようやく日の目を見たのだ。
双方向テレビもこれに匹敵するビッグ・アイデアが生まれない限り,大きなビジネスに成長する可能性は薄い。