IT(情報技術)産業に不況感が漂い始めた。これといったヒット商品が存在しないなか,ページャー型の電子メール端末に期待が集まっている。先鞭をつけたのは,米オンタリオ州に拠点を置く新興企業Research In Motion(RIM)が販売する「BlackBerry」だ。同社は2001年第1四半期から第2四半期にかけて,売り上げで3倍,粗利益で9倍という成長を遂げた。

 BlackBerryは常時接続型の簡易電子メール端末である。最大の特徴は全米に張り巡らされた通信サービスで,米国で人口の多い565都市の99%をカバーする点。米国の携帯電話サービスは日本と違い,ある地域で使えても,別の地域では使えない。これを補う手段として,BlackBerryは支持されたのだ。さらに消費電力が少なく常時接続が可能だから,メールを受信した瞬間に,着信音やバイブレーションでメールの到着を知ることができる。

 BlackBerryは現在まで,25万~30万台が出荷されたという。価格は300~400ドルと,シンプルな機能の割には高い。しかし主に企業ユーザーを対象なので,この値付けでも販売は好調に推移している。

 BlackBerryの成功に刺激されたこともあって,参入ベンダーがどっと増えた。顔ぶれは,米Palm,米Handspring,米Motorolaといった主力メーカーから,米Good Technologyや米Danger Researchなどの新興企業と多彩だ。

 Palm社は携帯端末「Palm V」に,米Motientというベンチャーが開発した「MobileModem」を外付けにして簡易電子メール機能を実現する(発売時期は2002年前半の予定)。実はBlackBerryにもMotient社の技術が採用されており,電子メールについては最終的に両者の性能はほぼ同等になる。ただしPalm Vの方は,電子メールの他に簡易ウエブ・ブラウーとしての役割も果たすことができる。Palm社は今後の新製品に,電子メールやインスタント・メッセージング,簡易ウエブ・ブラウザなどのインターネット機能を標準装備する予定である。

 携帯電話やページャでは老舗のMotorola社は,BlackBerryと同じく,シンプルな電子メール・ページャー「T900」を既に発売している。Palm互換機のHandspring社も,新製品「Treo k180」「同g180」にBlackBerryと同様の機能を装備する。通話機能も組み込んで,PDAからインターネット,さらに携帯電話までを一体化した総合端末を目指す。

 シリコンバレーのDanger Research社は,一般消費者向けの電子メール・ページャー「Hiptop」を開発中だ。価格を200ドルとBlackBerryの半額に抑え,電子メールのほか,IMやウエブ・ブラウジング機能も装備する。コスト低減を図りながら機能を増強するために,搭載メモリを8Mバイトに抑え,ほとんどの機能をサービス・プロバイダー側のサーバーに移した。通信方式は当初,欧州の携帯電話の統一規格GSMを採用するが,いずれパケット方式のGPRSに切り替えると見られている。同じくシリコンバレーのGood Technology社は,電子メール・ページャーの技術を開発し,有力メーカーにライセンシングする。

 ニッチ市場ともいえる電子メール端末市場に,多くの企業があっという間に参入してしまった。既に安売り競争も始まっている。米America Online(AOL)はBlackBerryを自社ブランドで売ってきたが,ここにきて当初の価格329ドルから大幅に値下げし,99ドルで提供し始めた。Motorola社もT900を,当初の99ドルから50ドルに値下げした。

 電子メール端末は,便利だがパソコンや携帯電話などの大型商品と同列には扱いづらい。こうした分野で競争が激化してしまうあたりに,IT業界の苦しい台所事情がうかがえる。

(小林 雅一=ジャーナリスト,ニューヨーク在住,masakobayashi@netzero.net

■著者紹介:(こばやし まさかず)


1963年,群馬県生まれ。85年東京大学物理学科卒。同大大学院を経て,87年に総合電機メーカーに入社。その後,技術専門誌記者を経て,93年に米国留学。ボストン大学でマスコミの学位を取得後,ニューヨークで記者活動を再開。著書に「スーパー・スターがメディアから消える日----米国で見たIT革命の真実とは」(PHP研究所,2000年),「わかる!クリック&モルタル」(ダイヤモンド社,2001年)がある。